ミステリ読書録

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古川日出男/「ベルカ、吠えないのか?」/文藝春秋刊

古川日出男さんの「ベルカ、吠えないのか?」。

第二次大戦中の1943年。アリューシャン諸島の一つ、キスカ島に日本軍の軍用犬4頭が
取り残された。北海道犬の北、ジャーマン・シェパードの正勇と勝、そしてエクスプロージョン
だ。過酷な運命に打ち勝った犬だけがやがて島を離れ、子孫を作る。そして、壮大なイヌの
歴史が始まった――。


以前からタイトルを見るにつけ、気になって気になって仕方なかった本書。タイトルの‘ベルカ’
に親近感を覚えたという訳ではなく(笑)、傑作だという噂をあちらこちらで耳にしていたので、
ブログ開設前から読みたいと漠然と思っていました。でも、ぱらぱらと中をめくってみると、
気合を入れて読まないといけない雰囲気がびしばしと漂っていた為、今まで手に出せずにいたの
でした。ゆきあやさんが記事にされてなかったらこの先もいつ読んでいたかわかりません(なんと
なく、先を越されて悔しかったんだもん^^;)。

はい。正直、始めの方で危うく挫折しかけました。いや~、政治情勢とか、社会紛争とかの
歴史背景の描写がどうにもこうにも読みづらくて。私の一番苦手なジャンルなものでして。
東西冷戦とか、学校の授業でやった筈だけど全く覚えてないし。しかも海外が舞台な為、
苦手なカタカナ表記がいっぱい。やばい。これは、もっともっと海外小説を読んで勉強してから
じゃないと、私の手に負える小説じゃないかもしれない、と何度も本を閉じようと萎える心。
しかし、ここで挫折したらなんとなくゆきあやさんに負けた気がする。それはやだ(何故
ここで対抗意識を燃やすのかすでに意味不明)。しかも、以前に50の質問の時、この小説の
タイトルが同じように気になると言っていたあんごさんに、いつか内容を読んで確かめると
大言壮語を吐き散らかした事実も思いだし・・・。とにかく意地で読み進める。

・・・(時間経過)。あ、あれれ、なんだ、面白いじゃん、これ。歴史描写部分は相変わらず
読み辛いとこもあるけど、イヌたちの物語部分がなんとも魅力的。特にヤクザの少女と47番
の物語で一気に引き込まれました。それに、読み進めて行くと、なんともこの古川節とでもいう
独特の文章リズムが心地よくなってくるのです。一度乗ってくるともう、あとは一気でした。
それぞれのイヌたちの葛藤とか闘いとか母性とか繁殖とか。時代に翻弄されつつ、それぞれの
犬生を生きるイヌたち。その描写は簡潔でいて、淡々としているのに、情熱的。所々に挿入
されるイヌへの問いかけ。「イヌよ、お前はどこにいる」。イヌを一つの存在として認めて
いるところが面白い。壮大な歴史の波の中で、イヌたちも必死に自分たちの戦いをしていた
んだなぁと思わせてくれました。犬橇用のイヌだったり、軍用犬だったり、麻薬犬だったり。
確かに、人間にはいつの時代も政治的な目で見ても、犬が欠かせない存在なのだと思い知ら
されました。

それにしても、タイトルから想像していた作品とは180度違った物語でした。というか、
この物語を予想するのははっきり言って無理ですよ。私は、いい意味で変化球的な作品を
読むのが好きなのですが、これはその典型的とでもいうような作品。変化球っていうよりは、
魔球かも^^;もう、独創性という点では文句なし。こんな作品、よく考えつくよなー。
古川さんって、話に聞くとそんな作品ばかり書かれる方のようですが。

ただ、挫折しかけた私が言うのも何なのですが、本書は間違いなく読者を選ぶ小説です。
好きな人はとことん好きだし、ダメな人は全く受け入れられない作品だと思う。これは
読んで確かめてみて、としか言いようがありません。
どうやら直木賞候補になったようですが、これは選評真っ二つだったでしょうね。予想通り、
ジュンちゃん(注:渡辺淳一氏)なんかはぼろくそだったとか。ジュンちゃんの好きな○ロ
描写があってもイヌのだしね・・・これは仕方ないか。でもこの方の徹底したエンターテイメント
性は、いつか直木賞とかすごい賞を取ってもおかしくない気がします。案外、海外とかでの方が
評価されるのかも?日本人の感覚とはちょっと違うレベルのような気も・・・。

いやぁ、面白かった。ゆきあやさん、やったよ、読みきったよ~~!!
でも、次は普通の小説が読みたい(だって変化球続きなんだもん^^;)。