葦原すなおさんの「わが身世にふる、じじわかし」。
家の庭で、妻の伯母が送ってくれたデビラ(小ぶりのカレイをスルメのように干したもの)
をたたいていると、ニューヨークに研修に行っていた悪友の河田警部が半年ぶりに現れた。
手土産にバーボンと未解決の事件をひっさげて。またしてもぼくの妻に知恵を借りようと言う
魂胆なのだ――高名な詩人兼劇作家が謎の詩を残して殺害された事件や、かどわかされた爺さん
の居場所を推理する事件、河田がニューヨーク時代に遭遇した、劇団の俳優が惨殺された事件
など数々の未解決事件を、妻は河田からの話だけで鮮やかに解決して行く。待望のミミズクと
オリーブシリーズ第3弾。
やー、癒されました。3冊程変化球的な小説を立て続けに読んだので、最高のお口直しに
なりました。このシリーズは本当にほのぼのしていて安心して読めて大好きです。葦原さん独特
の優しさとか温かみが全篇に感じられて、どこを読んでも楽しめる。特に‘ぼく’と河田
警部の絶妙としか言いようのない漫才のような掛け合いがおかしくて、おかしくて。‘ぼく’
はもう50を超えたしがない中年作家なのですが、読んでいると子供のような稚気を感じる
ところがあり、まるで少年が語り手のような気分になります。そんな‘ぼく’が優しい妻を心
の底から愛している雰囲気が伝わってくるのがとても素敵。そして、この妻がまた‘良妻賢母’
とはこの人の為の言葉なんじゃなかろうか、という位出来た人(まぁ、二人に子供はいませんが)。
とにかくこの奥さんの作るお料理がめちゃくちゃ美味しそうなのです。出て来る料理は讃岐名物や
郷土料理。その土地独特の食べ物が次々出て来て垂涎もの。それを幸せそうに食べる‘ぼく’や
河田警部の姿を想像しただけで、こちらまで幸せになってくるような気がします。「美味しい
食べ物は人を幸せにする」とはまさにこういうことなんだな、と思わせてくれます。今回も
美味しそうな料理が次から次へと出て来ますが、一番美味しそうだったのは昔懐かしのソースで
‘ぼく’が作るお好み焼き。もう、読んでるだけでお腹がぐーぐー鳴っちゃうかと思いました。
うう、今思い出してこれ書いてるだけでお腹空いたぞ。こんな家庭に生まれたい。
ほのぼのした雰囲気だから推理は日常の謎かと思いきや、話を持ってくるのが現職の警部という
こともあり、ほとんどが殺人事件です。推理をする奥さんは、血なまぐさい話が苦手な為、
露骨な表現を使わなければいけない事件(猟奇殺人とか)の時は‘ぼく’が河田から詳しい話
を聞き、奥さんに婉曲した言い方で伝える、というちょっと回りくどいをすることになる。
そして、もちろん実際の事件関係者に話を聞く時も‘ぼく’が奥さんの代わりに河田に同行して
見聞きしたものを奥さんに伝える。いわゆる安楽椅子探偵ものですね。こんなまだるっこしい
方法で事件が解決できるのかと思いますが、ちゃーんとできるのです。普段ぽや~っとしてて
ほのぼのした優しい奥さんですが、推理をする時だけは鋭い名探偵に変身します。このギャップ
がまたよいのですよね。
正直、推理ものとしてはそんなに感心できるという作品がある訳ではありません。本格ミステリ
を期待するとちょっと肩透かしを食うかも。ただ、推理なんて二の次でも良い、と思わせて
くれる何かがある作品です。単純に会話とお料理を堪能するだけでも読む価値があります。
それぞれの短編の最後に出てくる、庭に飛んでくるミミズクの親子がまたいい味出してるん
ですよ~。もう、可愛いのなんのって。ほのぼの感倍増です。
軽く読めて面白い作品はないかな~?とお探しの方、絶対オススメです。
葦原ワールドの魅力の虜になるはずです(多分)。