ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

森絵都/「つきのふね」/講談社刊

森絵都さんの「つきのふね」。

さくらはあることがきっかけで、親友の梨利と仲たがいをしてしまった。それ以来、教室で
はひとりぼっちだ。進路希望の紙にも「不明」と書いて担任からお小言を喰らった。
人間をやってるのも、人間づきあいにも何もかもがくたびれてしまって、植物になりたいと
願っていた。そんなさくらの唯一の心のよりどころが智さんの所だった。智さんは静かに一人で
宇宙船の設計図を書いている。そんな智さんの側にひっそりといるのが好きだった。しかし、
おせっかいの同級生・勝田が、何故か梨利とさくらを仲直りさせようとストーキングめいたもの
を始めた。不気味に思うさくらだったが、ついに智さんの所にまでやってきて・・・!?


読み始めてすぐに瀬尾まいこさんの「温室デイズ」みたいないじめの話なのかな、と思ったの
ですが、読み進めて行くうちにどんどん違った方向へ進んで行って先が全く読めなかったです。
この年齢の話を書かせたら、ほんとに上手いですね、この方。のっけから、たった14歳の
女の子が「人間をやっているのにくたびれた」と独白するのには驚きましたが、この年齢
の不安定で繊細な部分を実に上手く描いています。同級生の勝田の言動、正直始めは
かなり引いてしまったのですが、後半からは彼の良さが際立って来て、ラストではもう、
完全に彼のファンになってました。な、なんていいヤツなんだ・・・。

それぞれに抱える寂しさとか苦悩とかどうにもならない焦燥感とか。誰もが弱い部分を持って
いて、心に闇をかかえて生きている。それでも、それを支えてくれる誰かの存在。そんな
温かな存在の大切さを、この小説は教えてくれてる気がしました。この小説で一番心を病んで
いるのは智だと思いますが、そんな智を心の支えにしているさくらや勝田がいる。智が少し
づつ心を蝕んで行く様は読んでいて痛々しかったけれど、それを見て心を痛めているさくら
や勝田の悲しみの方がより胸に突き刺さってきました。智は周りの人間にとても恵まれた
と思う。だって、普通はそこまでとことん病気に付き合って心配してくれる存在なんて
親兄弟位の筈。へび店長は親戚という負い目もあるでしょうけど、さくらや勝田は赤の他人。
他人にここまで想われるというのは、とても幸せな証拠だと思うのですが。彼らの存在が、
智を宇宙から現実に引き戻した。そのくだりはとても感動的でした。銀のバレッタの使われ方
もとても良かったですね。つきのふね。題名に納得です。

でも、私も智の気持ちはなんとなくわかる。つきのふねに乗って、みんなが一緒に幸せになれる
場所があるんだったら行ってみたいと思う。辛いことがあった時、きっとこれからもそんな
思いに捉われるような気がします。自分には、そいういう時現実に引き戻してくれる存在が
あるんだろうか。そう考えると、ちょっと切なくなりますね・・・。

放火事件に関しては、もうちょっとミステリ的な真相が隠されているのかな、と思ったのですが、
やはり青春小説作家である森さんにそこまで期待するのは無謀でしたね^^;でもクライマックス
はとても緊迫感があったし、廃校舎のシーンはドキドキしました。

それにしても、廃校舎のラストで十分感動していたのですが、最後の最後で智が出した露木君
への手紙を出してくるとは。これはもう「やられた!」としか言い様がありませんでした。
とてもたどたどしく、でも心からの優しい言葉の羅列。
感動!の一言です。
や~、ますます森さんが好きになりました。オススメです!