ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

恒川光太郎/「夜市」/角川書店刊

恒川光太郎さんの「夜市」。

いずみは高校時代の同級生・裕司に「夜市に行かないか?」と誘われる。どんなものでも
手に入るといわれる夜市に。二人は手を繋ぎ、闇に包まれた森の中を歩いた。暗がりの中
に出現した青白く浮かび上がってくるもの――そこに夜市は存在した。二人は静かな世界
で行われる市に足を踏み出して行った。小学生の時に夜市に遭遇したことがある裕司は、
その時に弟と引き換えに野球の才能を手に入れていたのだという。裕司は再び訪れたこの夜市
で弟を買い戻そうと、全財産を持参してきていたのだ。そして二人は弟を取引した問題の
人攫いの店の前に来た――表題作「夜市」他1篇を収録。第12回日本ホラー小説大賞受賞作。


これは良かった・・・!!この夜市の雰囲気がたまらなく好きです。時間が止まったような
静寂の中でひっそりと開かれる夜市。静かな喧騒の世界。妖しが跋扈する不気味な世界
なのに、そこに行く人は何故かその光景をすんなりと受け入れている。これぞファンタジー
ホラーというべき作品ですね。妖怪が普通に市を歩いている様はホラーというよりも
ファンタジーに近いような印象を受けました。異様な雰囲気の夜市の描写はぞくぞくする
のだけれど、どこか滑稽な印象も与える。でもその滑稽さがより不気味さを演出している
ところもあり、魅力的でした。裕司といずみの淡々としたキャラがまたこの作品の雰囲気に
とても合っている。もっと怖がったり、怒ったりと感情の起伏の激しいキャラだとこの作品
に違和感を与えてしまったかもしれない。まぁ、裕司は重い過去を背負っているから当然
ともいえるのでしょうが、いずみの場合、普通こういう状況に陥ったらパニックになって前後の
見境なく裕司に怒り散らしてもおかしくないのに、すんなりとこの世界に入っている。そういう
人間だと見抜いたからこそ、裕司は彼女を道連れにしたのかもしれませんが。

それにしても、後半の展開は意外でした。夜市から出られなくなってしまう二人が彷徨って
途方に暮れる、という展開で終始するのかと思いきや・・・。きちんとストーリーの起伏が
ある所がいい。物語としても完璧な展開だと思います。ラストはとても切ない。夜市を出た
と、夜市から出られない。対照的な二人がこれからどうなって行くのか、
そしていずみは――彼らの今後に思いを馳せながらこの物語は静かに物語を閉じる。この
余韻の残し方も良いですね。
文章がまた非常に良い。無駄な文がなく簡潔でいて情緒的。場面場面がはっきりと浮かび
上がってくるような、情景描写がとても良いです。好き。

好みとしては「夜市」の方が上だけど、同時収録の「風の古道」もとても良かった。この世界と
違う世界を結びつける不思議な古道。どこかにひっそりと存在するこの古道に迷い込んだ二人
の小学生の冒険。一人の運命は青春小説だったら絶対ありえない展開になって行くけれど、
ホラーとしてみればこれも一つの結末として受け入れられる。ファンタジーホラーという
呼び名はともすると、こちらの作品の方がより相応しいかもしれません。というより、冒険
小説と言っても通用するような内容です。七歳の少年が経験するにはハードすぎるし辛すぎる
結末という気もしますが。ただ、どこかにあるかもしれない、違う世界を繋ぐ古道という設定
はとても好きでした。レンの過去を絡めた途中のミステリ的要素も意外な展開で完成度の高さを
感じました。

これはほんとに読んで良かった!とてもいい作品に出会えました。
しろねこさん、ゆきあやさんありがとうございました^^
確かこの方の本、もう一冊図書館で見かけたはず・・・絶対借りようっ!