ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

森見登美彦/「夜は短し歩けよ乙女」/角川書店刊

森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」。

新緑も盛りを過ぎた五月の終わりのこと。黒髪の彼女にひそかな想いを寄せる私は、大学のクラブ
のOBである赤川先輩の結婚のお祝い会に出席した。彼女も出席するというのでほのかな期待を
寄せていたのだが、彼女は一次会が終わって、二次会に出席せずに帰路についてしまった。
そこで私は何となく彼女のことを追い始めた。すると彼女の行く手には奇怪な珍人物との邂逅と
奇妙な珍事件が待ち受けていた。これは彼女が酒精に浸った夜の旅路を威風堂々と歩きぬいた
記録であり、ついに主役の座を手にできずに路傍の石ころに甘んじた私の苦渋の記録である――。
キュートで奇妙なファンタジックラブコメディ。


なんて、なんて素敵な物語に出会ってしまったんだろう!!
読んでいる最中顔がにやけてしまってしょうがなかった。なんとも奇妙奇天烈で風変わりな
ラブストーリー。読む前から「ストーカーの話」というのは噂に聞いていたのですが、なるほど、
これはストーカーと言われても仕方あるまい、と思いました。何せ、夜の街に繰り出した彼女
の後をつけまわし、その後も様々な情報網を駆使して彼女の行動を把握し、あちこちで彼女
の目の前に姿を現す。これをストーカーと言わずして何と言う。でも彼は彼で奇妙珍妙な
事件に出くわし、災難に遭いまくるので、結局ストーカーどころではない。その様がなんとも
可笑しく、微笑ましく、愛おしかったです。
そして何といっても彼女の天然ぶりが愛くるしく、ほのぼのしている。いまどきこんな
純情素朴で礼儀正しい女子大生が存在するのか甚だ疑問には感じるけれども、どうか存在
して欲しい。彼女の他人へのあらゆる受け答えは優しく可愛く微笑ましい。ああ、彼女に
恋をしてしまった彼の気持ちが実によくわかる。これは私も惚れるぞ・・・。
もうとにかくこの作品の魅力を文章にするのは難しい。それ位好きになってしまった。

個人的に一番好きだったのは「深海魚たち」。古本の神様っていう設定がストライクゾーン!
小生意気な美少年の神様なんて、ああ素敵。それに、目当ての古本を手に入れる条件が地獄の
ごとく辛い火鍋を食べることとは・・・く、くだらない。けど面白い。

森見さん独特の文章がこれまた非常に好みでした。「キター!!」っていう表現がわんさか
出て来て、くらくらしてしまいました(ちょっと興奮気味)。京都を舞台というのが
またいいですね。この物語の登場人物の妖怪めいた(いや、実際妖怪もいるけれども)
妖しさと非常にマッチしている。
彼女の為に火鍋をつついたり、演劇の主役に立候補したり、風邪の神に打ち倒されつつ
天狗になったり。非常にばかばかしいけど、涙ぐましい彼の努力についついエールを贈り
たくなりました。
そして、不幸な中年男の為に酒の飲み比べに挑戦し、幼い頃の大切な絵本を手に入れる為に
奔走し、一瞬で演劇の台詞を覚えて熱演し、他人の風邪を治すべくお見舞いに命を懸ける
彼女の頑張りに、拍手を贈りたくなりました。
どちらも抱きしめたい程愛おしい。

途中読んでいて全く恋愛小説だとは感じなかったけれど、最後まで読むとこれは間違いなく
恋愛小説だ、と思いました。
恋愛小説が苦手な私も、こんな変化球を投げられたらやられてしまいます。ラストがまた
最高ですね。愛すべき彼と彼女に幸せあれ!

ああ、いい時間を過ごした。
今年読んだ小説の中ではベストかもしれない(まだ三月だけど^^;)。
タイトルと装丁も大好きです。
これは手元に置いておきたい本だなー。買っちゃうかなぁ。
こんなに好みの小説に出会えて嬉しい。ああ、幸せ。