ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

貫井徳郎/「ミハスの落日」/新潮社刊

貫井徳郎さんの「ミハスの落日」。

ジュアン・ベニートは、スペイン一の薬品メーカー会社の創業者であるビセンテ・オルガス
から突然呼び出しを受ける。不審に思いながらも、かねてから会いたいと思っていた相手
でもあったため、このアンダルシア地方の中の小さな村・ミハスにやってきた。オルガスの
もとを訪れると、面識のない老人は彼の母に関する意外な過去を語り始めた。それは三十年
数年以上も前の、信じがたい密室殺人の真相に纏わるものだった――(「ミハスの落日」)。
表題作他、世界の都市を舞台に繰り広げられるミステリ短編集。



世界の都市をそれぞれ舞台にしている為、もちろん登場人物はほとんど外国人(一人だけ
日本人がいますが)。でも、苦手な外国が舞台なのに、貫井さんの筆致だとさくさくと
読み進められるから不思議。やはり素晴らしいリーダビリティ。どの作品も男女の愛憎
が絡んでいる為、後味がよくないものが多いですが、程よく纏まっていて読ませる手腕は
さすがです。ミハス以外は行ったことがない都市でしたが、それぞれに特色があって、
情景が浮かび上がってくるような感覚を覚えました。貫井さんご自身で取材しただけあって、
情景描写はとてもリアル。各短編の扉になっている写真もご自身撮影によるものだそう。
取材と称して各国に旅行に行けるなんていいなぁ、なんて不謹慎なことを考えてしまった(苦笑)。



では各短編の感想を。


「ミハスの落日」
ご存知の方も多いと思いますが、私は昨年夏にスペイン旅行に行きました。この作品の
舞台になっているミハスも行きました(そこで迷子になった経緯はこちら にて^^;)。
という訳で、めちゃくちゃタイムリーでした。主人公がミハスの地を訪れて歩く描写は
まさしく自分が体験したものと同じ。あの時の思い出が鮮やかに蘇って来ました。オルガスの
回想で語られるバルセロナもしかり。街中に出現するガウディの建築物、グエル公園のトカゲ
(実際はオオサンショウウオらしいが)・・・とても懐かしい気分に浸れました。まさに
私の為に書かれたような作品!?と錯覚する位(そんな訳はない)、読んでて楽しめました。
肝心の密室の真相は・・・えー・・・でしたけど・・・。犯行動機はとても切なくやるせない。
ただ、途中でなんとなく先は読めてしまいました。ミステリとしてより、旅行記として
非常に楽しめた作品(読み方違う)。

ストックホルムの埋み火」
デンマーク版ストーカーミステリ!?デンマークも日本もストーカーのやることは一緒
なんだなぁと変なとこに感心。うう、キモい。真相は非常にオーソドックスな○○トリック
(ネタばれするので伏せ字)。おお、なるほど~。という感じ。最後で明かされるロルフの
過去がやるせない。

「サンフランシスコの深い闇」
これだけ妙にキャラが立ってるな~と思いながら読んだのですが、最後のあとがきでこれが
「光と影の誘惑」に収録されていた「二十四羽の目撃者」の続編だと知り納得。ものすごーく
前に読んだ為、どんな話かも全く覚えていないのが悲しいところですが。これを読んで再読
したくなりました。軽妙な語り口で収録作中一番読みやすかったです。読んでいて、設定が
松嶋菜々子竹野内豊が出てたミステリドラマ(氷のなんとかだったかな)に似てるな、と
思いました。真相は実は見当がついちゃいました。多分ほとんどの人が先が読めると思うな、
これは・・・。でも唯一ラストに救いがある作品。

ジャカルタの黎明」
娼婦が主人公だからなのか、何かとても読んでて痛々しかったです。別れた夫の借金を
返済する為に、仕方なく身体を売るディタ。これがこの国だと諦観して受け入れる潔さ。
それがとても読んでいて胸に突き刺さる。日本との違いを見せつけられた気がしました。
真相の意外性というと、これが一番だった気がします。定番といえば定番なんですが。
トシの正体はやっぱり・・・でしたが^^;

「カイロの残照」
作品中最も後味の悪い作品かもしれない。でも仕掛けとしては一番貫井さんらしいかも。
因果応報。貫井さんの中でのテーマの一つなのかもしれない、と思いました。後味は悪い
けど、印象には残る作品。そんな感じでしょうか。


ミステリとしてはやや小粒な印象ながら、それぞれの国に旅するような気分で読めて
楽しめました。またこういうの書いて欲しい。
貫井さんの技術が光る短編集。海外好きの方にも是非読んでみて頂きたいです。