ミステリ読書録

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三羽省吾/「厭世フレーバー」/文藝春秋刊

三羽省吾さんの「厭世フレーバー」。

突然父親がリストラされて失踪した須藤家。14歳のケイは陸上をやめて新聞配達を始め、
17歳のカナは深夜まで家によりつかなくなり、27歳のリュウは家長の意識に目覚め、
母は家事を放棄して酒びたりになり、祖父はぼけ始めた――厭世的になった家族はそれぞれ
の葛藤を抱えばらばらになってゆく。家族の崩壊と再生を描いた意欲作。


やはり三羽さんの才能は伊達じゃない。とても完成度の高い作品。ばらばらになった家族
それぞれの視点から語られるそれぞれの物語はどれも小さな感動を生み、心が暖かくなりました。
カナの物語までは単純にそれぞれの身に起きた物語を伝える形なのかと思ったのですが、リュウ
章から前の章が後の章の伏線になっていることがわかりました。この繋げ方が非常に上手い。
以前に読んだ「太陽がイッパイイッパイ」ではその勢いのある文章が非常に魅力に感じましたが、
今回は文章はもちろん、構成力にもやられました。母の章では家族の意外な秘密が明らかになり、
彼らの複雑な血縁関係に驚かされたところに、ラストの祖父の章。ケイの駅伝での家族の
纏まりにやられました。前の章で彼らの血縁関係を知らせた上でばらばらになった家族がまた一つに
なる様が描かれているところが何ともニクイ。血が繋がっているとかいないとかそんなことは
どうでも良く、間違いなく彼らは一つの家族なんだと思い知らされました。
ケイの章で出て来た榎田さんがどうなったのかも気になっていたのですが、その辺りもちゃんと
答えが出ているところがいいですね。全然別の話かと思っていたらちゃんと繋がっている
所に感心してしまいました。

タイトルの通り、それぞれの章を読んでいると語り手になった人物はみんな厭世的。何かに
イライラしてて、物事なんかどうでもよくて、家族や他人に当り散らしたりする。正直実際
近くにいたらむかつくタイプだと思う。みんな言葉悪いし。でも辺り散らした後にちゃんと
見えてくるものがあって、ちょっとだけ素直になる所に好感が持てました。

祖父のボケに関して、普通こういう状態になったら家族の厄介者、みたいな扱いになってしまう
だろうし、実際彼らの中にもそういう気持ちがない訳じゃない。まだそこまで深刻な状態まで
行ってないからかもしれないけれど、みんなどこかあっけらかんと受け入れていて、ちゃんと
祖父という人物を尊重している所がいいな、と思いました。特に母の祖父へのさばさばした
感じは読んでいてとても気持ち良かった。家事放棄とアル中はいかんですけど^^;

家族の崩壊と再生というと重くなりそうなテーマですが、三羽さんにかかるとこうもあっさり
さばさばした作品になるのだなぁと感心。ただ、あっさりしてるからといって、軽い話では
なく、非常に読ませるし独特の味わいのある作品でした。無条件でイイ!とオススメできる
作品です。
ということで結論。三羽さん、やはり只者ではありません。


P.S. でも、父親は結局どうなったのだろう?できれば父の章も加えて欲しかったなぁ。