ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

藤野恵美/「ハルさん」/東京創元社刊

藤野恵美さんの「ハルさん」。

ハルさんの娘・ふうちゃんは今日結婚する。「新郎」になる男性とは実は今日が初対面だ。
彼は日本人だが海外で働いていて、帰国できるのが結婚式当日になってしまうというのだ。ハル
さんは心の中で何故ふうちゃんがこの結婚を決めたのか疑問に思っていた。胸の奥に釈然と
しない気持ちを抱えていたのだ。あのふうちゃんがどうして――。そしてハルさんは、最愛の妻
である瑠璃子さんを亡くしてから、ふうちゃんと過ごして来た今までの優しい日々を思い起こして
いた――。ミステリフロンティアシリーズ。


これは良かったっ!!最初から最後まで全てが優しさで包まれているような、本当に素敵な物語。
主人公のハルさんは、結婚して間もなく最愛の妻を亡くして、一人娘のふうちゃんと二人暮らし。
ハルさんはどこまでも優しいけど頼りない父親で、ふうちゃんはそんなパパが反面教師になったのか、
非常に聡明で賢く、優しい少女。そんなふうちゃんが結婚式を挙げるというその日から物語は始まり
ます。
そして、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、と少しづつ大人になって行くふうちゃんと過ごした
思い出が一話づつ語られます。ふうちゃんの成長ぶりが、本当に一話ごとに丁寧に描かれていて、
大人になって行く様子が微笑ましい。幼稚園のふうちゃんはとにかく愛らしくてただただ可愛い
というだけだったのが、小学校にあがってちょっと父親から距離を置くようになり、中学では
はっきりと反抗期を迎える。父親よりも友達を選ぶという年齢ですね。
でも、高校になってまた少し距離が近づいて、大学では父親を愛しつつも自立心が芽生えて
行き、一人の女性に成長を遂げて行く。あの小さく愛くるしかったふうちゃんが、こんなに大人に
なって・・・と読んでる私まで感慨深いものがありました(苦笑)。
そして、そうした我が子の成長を喜びつつも、自分から手が離れて行く現実に一抹の寂しさを覚える
父親の切ない気持ちが手に取るように伝わって来ました。
おそらく、子供を持つ親ならば誰もが感じるような気持ちがこの一冊の本に全て凝縮されている
と思います(まぁ、私は子供がいないのでそうだろう、という推測ですが)。

途中挿入される謎解きもこの手の日常の謎系の王道を行くようなものなので、派手さはないけど、
この物語にはとても似合っていて良かったです。特に一話目の卵焼き消失の謎には優しさが
溢れていて好きです。ふうちゃんの可愛らしさにもノックアウトでしたが^^;

そして何より幼稚園~大学までの全ての話がラストシーンに向けての伏線になっているところが
素晴らしい。どこまでも優しく、暖かい、親子の物語。素敵だなぁ。読んで良かった。
途中から、花嫁の父、という立場のハルさんに感情移入しまくりでした。ふうちゃんは私から
見てもとても素敵な娘さんに育って行ったから。ハルさんの心の中にいる瑠璃子さんの存在も
大きい。彼女は本当に聡明で優しく、深い愛情のある女性だったことがわかる。もし生きていたら
理想の母親になっていただろうなぁ。
浪漫堂さんのキャラも好きです。ひきこもりのような仕事をしているハルさんには必要不可欠な
人物です。しかし、結局彼は結婚できなかったってことなのか・・・可哀想に^^;

いやぁ、ミステリフロンティアの中でもほのぼのできる、という点においては随一かもしれない。
(癒し系の作品自体があんまりない気もするけど^^;)少し前に記事にした癒し系アンソロジー
に入れたかった位です。残念~。
途中読んでて思ったのは加納朋子さんの「ささらさや」の逆バージョンだな、ということ。
あちらは亡くなったのが旦那さんだけど、こちらは奥さん。主人公が窮地に陥った時に故人が
現れてアドバイスしてくれるくだりも似てますね(ちょっと現れ方が違うけど)。主人公が
弱くて頼りないという点も一緒という^^;まぁ、作品構成は全然違うので、比較して
読まれても面白いかもしれません。

いい作品でした。心が温まるような、とても優しい物語です。お薦めです。
(「ボトルネック」の後だったので余計にそう思ったのかも・・・?^^;)