ミステリ読書録

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桜庭一樹/「少女七竈と七人の可愛そうな大人」/角川書店刊

桜庭一樹さんの「少女七竈と七人の可愛そうな大人」。

いんらんの母から生まれた少女・川村七竈。あまりにも美しく生まれてしまったが故に、
周囲とは相容れず、孤高に生きて来た。そんな七竈の唯一の親友が同じように美貌のかんばせ
を持って生まれてしまった少年・桂雪風だ。二人は鉄道模型を愛し、二人だけの世界を構築する。
しかし、やがて七竈の前に梅木と名乗るスカウトの女が現れ、七竈を外の世界へ連れだそうと
話を持ちかける。雪風と自分のある共通点を自覚した七竈は、二人の世界が永遠ではいられない
と知るのだった――。


この作家はやはり並はずれた才能を持っている。そう感じる一冊でした。まずのっけから
ごくごく普通であった筈の‘女’が何の前触れもなく‘狂女’のごとくに淫乱になって
しまう様が淡々と語られ、呆気に取られました。そして次の章では強烈な印象を残した
その女は惜しげもなくあっさりと去り、語り手は娘の美少女へ。この美少女がまた素晴らしく
独特。淫乱な女から生まれたとは思えない程淡白で潔い。鉄道模型への憧憬もどこかこの
少女には似合っていて、微笑ましかった。そして、雪風との距離感がたまらなく良かったですね。
似たもの同士のふたり。鉄道模型の中で構築される二人の‘世界’に引き込まれました。
唯一無二の存在同士だからこそ、ラストは切ない。二人が淡々としているからこそ、余計に
哀切を感じました。どの登場人物もあまり感情が見えないのに、とても伝わって来るものが
ある。それはやはり桜庭さんの筆致のなせる技なのでしょうね。
七竈の母・優奈がいんらんになってしまったきっかけのエピソードがまた切ない。やはり、
そうだったのか。七回焼いても焼き尽くせない七竈の木。自分の中にある情動。優奈の想い
が初めてわかって、彼女の行動に納得がいきました。

「赤朽葉家」でも感じましたが、この作品も非常に視覚に訴えるものがありました。真っ白な
雪と、真っ赤に燃えるように赤い実をつける七竈の対比。真っ黒い鉄道模型に、真っ黒く美しい
毛並みの犬。そして真っ黒く艶やかな七竈の髪。赤と白、白と黒。黒と赤。きれい。

個人的にツボだったのはやはりビショップの存在ですね。七竈をむくむくなどと可愛らしい
呼び名で呼ぶおじいさん犬。なんだかかっこいいし、可愛いし、愛おしい。七竈の祖父も
これまたツボ。穏やかで、まめで、おそらく作中で最も正しい人。孫への愛情に溢れるこんな
おじいさん、理想だなぁ。

荒唐無稽な話に思えるかもしれないけど、これは間違いなく七竈の成長を綴った青春小説
と云えるのではないでしょうか。殻に閉じこもった彼女が、旭川から、母親から、そして
雪風から旅立って行く様はとても切ないけれど、清清しかった。どんな人に対しても
真摯な彼女の姿勢がとても好きです。東京に行った彼女がどんな人生を送るのか、もっともっと
彼女の物語を読んでみたい、と思いました。

タイトルが「可哀想な大人」じゃなく「可愛そうな大人」というところがまた桜庭さんらしい
言葉選びだな、と思いました。
装丁もタイトルも内容も、とても素敵な本です。お気に入りの一冊になりました。
桜庭一樹、やはりただ者ではありません。