ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

森見登美彦/「きつねのはなし」/新潮社刊

森見登美彦さんの「きつねのはなし」。

京都の一乗寺にある古道具屋「芳蓮堂」でバイトをする私は、女主人のナツメさんに頼まれて
届け物をする為、鷺森神社の近くに住む天城さんのもとを訪ねた。この日を境に天城さんの屋敷に
幾度も通うことになった。ある時私は自らの失敗のせいで天城さんと奇妙な取引をするはめに
なる。私が差し出したもの、そして、私が失ったものとは一体――古道具屋「芳蓮堂」を巡る
奇妙な怪異譚を集めた連作集。


今まで読んだ森見作品とはちょっと一線を画すような作品。なんだ、森見さん、こんな
シリアスな話も書けるんじゃないか!!(驚)京都を舞台にした妖しの世界。今までの作品と
同じように妖しが出てくるけれど、こちらは紛れもなくホラー。あのばかばかしい作風
は全く伺いしれません。仄暗く冷たい風を感じるような、ぞくぞくとする雰囲気がもう、
たまらなく良かった。すごく好きです、こういうのも。新たな森見さんの一面を発見したかの
ような気分。独特の文章リズムが作品と絶妙にマッチしていて引き込まれました。
どの話もじわりと肌が粟立つような怖さを感じました。ものすごく怖い、という訳ではない
けど、夜中に一人で読んだら結構ぞくっとするような・・・。


以下それぞれの短評を。

「きつねのはなし」
これは一番好きです。完成度、という意味では一番高いように思います。天城さんの得体の
知れなさが、怖さを倍増させてましたね。夜中に浮かぶ狐のお面。うわ、考えただけで
怖い。天城さんとの取引の結末にどきどきしました。でも結局ナツメさんが何を考えて
いたのかはわからず仕舞い。ある意味、彼女が一番怖い存在のような気が。

「果実の中の龍」
先輩のキャラはいかにも森見さんらしい感じがしますね。先輩の語る話は一体どこまでが
真実だったのか。奇妙なリンクの仕方が混乱を誘う。こういう仕掛けが上手いですね。
根付の顛末は切ない。果物の中に潜り込む龍、というのが何かいびつな気がして印象的でした。

「魔」
これは随分ミステリ的な展開で驚きました。まぁ、結末はほとんどの人が予想できてしまう
とは思いますが。後味は良くないですね。煙るような雨の中で轟く雷鳴とケモノの匂いが
強烈に余韻を残す作品でした。

「水神」
4作の中では一番読みにくい印象でした。嫌いではないのですが、人物関係がちょっとわかり
ずらかったせいかも(祖父とか曽祖父とか叔父二人とか、とにかく男ばっかりいっぱい出て
くるので)。結局花江さんの死の真相は何だったのだろう。ラストから類推しろってことなの
かな。まぁ、ミステリではないから、その辺は仕方がないのかも。


今までとはちょっと違った、シリアスなモリミワールド。京を舞台にした、幻想的で妖しい
怪異譚。夏の夜長に涼むにはぴったりの一冊かもしれません。