ミステリ読書録

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池井戸潤/「空飛ぶタイヤ」/実業之日本社刊

池井戸潤さんの「空飛ぶタイヤ」。

中小企業・赤松運送のトレーラーが走行中に事故を起こした。トレーラーから外れたタイヤ
が、歩道を歩いている主婦を直撃し、即死させたのだ。事故を調査した大手自動車会社・ホープ
自動車の独自調査によると、原因は運送会社の「整備不良」。容疑者と目された赤松運送の社長
・赤松徳郎は、整備を担当した整備士に落ち度はなかったと知り、事故の真相は別にあると独自で
調査に乗り出す。第136回直木賞候補作。


こんなに読んでいて胸が熱くなり、登場人物に感情移入してしまった作品は久しぶりです。
空飛ぶタイヤ」。題名だけ見ると、おそらく多くの人がファンタジックで可愛らしい作品を
想像するのではないでしょうか。でも予測は大幅に覆されます。空を飛んだタイヤが向かった
先は、人間の背中。そして、何の罪もない一人の女性が犠牲になった。この作品には、
このたった一つの事件に関わった実にたくさんの人の視点から語られます。事故を起こした
トレーラーの持ち主である運送会社の社長、トレーラーを製造し事故を調査したメーカー、
それぞれの会社に金融支援をしている銀行、事件を捜査する警察、事故を不審に思った週刊誌
記者・・・そして、被害者の遺族。そのどれもが必要不可欠な要素で、それぞれの思惑を
抱えて事件は錯綜する。実に上手いです。何より、事件を起こしてしまった赤松運送の
社長・赤松の人物造詣がとてもいい。社長という肩書きの人物には似つかわしくないような程
義理人情に篤く、会社の利益よりも従業員の為を思ってしまうような性格。だからこそ、
真実を追究する為に家族や社員を思って奮闘する姿に心を打たれました。それだけに、対極に
いるホープ自動車の社員たちの態度には憤りを感じました。大手だから、ネームバリューがある
から、多少のことをしてもユーザーはついてきてくれる、という驕り高ぶった態度。自分たち
の保身の為、弱い者を切り捨てて平気でお客を騙す。こんな会社は絶対信用できない。私も
赤松社長と供に、彼らの不正を暴きたいという思いでいっぱいになりました。人が一人
死んでいるという事実の認識不足。その原因を知りながら、新たな犠牲者が出るかも
しれない状況を黙殺していた罪は何よりも重い。


後半以降の展開は多分誰もが予測できるかもしれない。でも、その予測が当たっていた時の
胸にこみ上げてくる爽快感。真実を白日の下に。ただそれだけを信じて突っ走って来た満身
創痍の赤松社長の思いの激しさに、ただただ涙が出て来ました。こんな社長の下で働ける
社員は本当に幸せだと思う。事故の遺族と再び対面した時のシーンはもう、号泣に近かったです。
赤松社長と整備士・門田の関係が良かったなぁ。宮下さんも。赤松社長が直面した現実は
本当に辛いものばかりでした。それでも、捨てる神あれば拾う神あり。社長の人柄を信用
して、協力を仰いだ人々との触れ合いの暖かさが胸に沁みました。小学校問題での息子の
頑張りも感動したし。
普段本を読んでほとんど泣くことがない私ですが、この作品には随所でやられっぱなしでした。
とにかく、人間が描けている。どの立場の人間も。それぞれの思いが伝わって来ました(ユーザー
側にいる人間でも)。

元ネタは三菱ふそうのリコール問題事件かな。あの事件の背景にもこういう事情が
あったのかも・・・と思わせる位、リアリティがありました。
作中に赤松社長がホープ自動車のことを「何がホープだ」というシーンがあるのですが、
今現在世間を賑わせてる「○ートホープ」とダブってしまいました^^;

総ページ数489ページ。上下二段組。それでも、全く長いと思わなかったです。読み始めの
50ページ位で、「これはすごいかも」という予感がありました。たまに、そういう作品に
出会うことがある。大抵予想ははずれない。今回も。
池井戸さんを読んだことがない方も、銀行ものと敬遠していた方も、是非読んで欲しい。
絶対読んで損はしない作品です。お薦めします。




※記事公開後に本屋大賞ではなく直木賞候補作だと、りあむさんからご指摘いただき、
記事修正しました。いい加減な情報を書いてしまい、申し訳ありませんでした^^;
りあむさん、ありがとうございました。

これが直木賞獲ってたら、直木賞を見直したのになぁ・・・受賞作なしなんてね^^;;