ミステリ読書録

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綿矢りさ/「蹴りたい背中」/河出書房新社刊

綿矢りささんの「蹴りたい背中」。

高校に入ったばかりのハツとにな川はクラスの余り者同士。ある日、ハツがにな川が追いかけて
いるファッション雑誌のモデルに「会ったことがある」と言ったことがきっかけで、ハツは
にな川の自宅に誘われる。にな川の部屋の学習机の下には、にな川のファッションモデルへの
想いが詰められていた。そして、その一番底に落ちていたものを見てしまったハツは、にな川
へのある感情が芽生えて――第130回芥川賞受賞作。


普段ほとんど芥川・直木賞ものに食指が動かない私ですが、以前田中啓文さんの「蹴りたい田中
を読んでいたので、とりあえず本家も読んでおかねばと思い、手に取ってみました。綿矢さん
は以前「インストール」をぱらぱら立ち読みした限り、文章もなかなか良い感じだったので、
作風からして全く食指が動かない金原さんとは違い、「読んでみようかな」と思える作家
の一人でした。

感想がなかなか難しいのですが、良かったと思います。いかにも芥川賞を取りそうな雰囲気
のある作品。文章センスはかなりあると思いました。書き出しからしてぐっと心を掴まれた感じ。


「さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を絞めつけるから、
せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。細長く、細長く。」



いじめられている訳ではないけれど、クラスに馴染めず、‘余り者’になってしまう
ハツ。こういう微妙な立場にいる子の心情はとても共感できる。確かに「好きな者同士
でグループ組んで」って言われるのって、すごく嫌でした。ハツのように完全に余り者に
なることはなかったけれど、やっぱりどこかに「誰も声をかけてくれなかったらどうしよう」
という怖さはありました。こういう組の分け方ってとても残酷。最後に先生が「余った人
いるか?」と聞かれて手を上げなければいけないみじめさ。恥ずかしさ。情けなさ。そういう
感情を抱えながら、出会ったのがにな川。ハツのにな川への感情はとても複雑。「余り者」
同士だと思っていた人物が突如見せた裏の顔。同じ土台にいると思っていたにな川が自分とは
違う次元にいることが悔しかったのかもしれない。突発的に湧き起こる「にな川の背中を
蹴りたい」という激情。大きな事件が起こる訳でもないのに、ハツの心の中の感情の波を
非常に巧みに描いていて、読ませるなぁと思いました。やはり、才能あるんだなぁ、この人。
少女の中に芽生えるサド的な感情をここまで日常化して書けるのはすごいと思う。ハツの
にな川への感情の中に恋愛が混じっているのか微妙ですが、にな川の「背中を蹴る」という
行為には、多分自分と「オリチャン」だけの世界に生きている奇妙な少年に、自分の存在
を認めて欲しいとう思いが込められているんだろうな、と思いました。それは多分、恋
と言ってもいいものなんじゃないかな。もちろん、単にムカついただけ、かもしれない
けれど^^;

明け方に目が覚めてしまって、なんとなく眠れなくなって読み始めたら一時間ちょっとで
読み終わってしまいました。こんなに薄くてすぐ読めちゃう本が100万部を超えるベストセラー
になったのか・・・出版社もさぞかしおいしい思いをしただろうなぁ。でも、どこぞで愛を
叫んじゃう小説よりも、ずっとベストセラーに相応しい作品だと思いました(やばい、また
アレの批判書いちゃった^^;)。
何より、文章センスが非常にある。若くて綺麗で、才能もあるとは。辻村さんの時も思った
けれど、天って与える人にはいくらでも与えてしまうんだなぁ。ちょっと、ひがみ根性。


ちなみに、内容は「蹴りたい田中」とは何の関係もありませんでした・・・言うまでもない?(笑)