ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

大村友貴美/「首挽村の殺人」/角川書店刊

大村友貴美さんの「首挽村の殺人」。

人口約千七百人の岩手県の雪深い村・鷲尻村。事故死した村唯一の医師・杉の後任として
東京からやって来た滝本には、今度こそ長く居ついて欲しいという村中の期待が背負わされ
厚遇された。しかし、滝本は村人の意を汲むつもりはなく、契約期間が過ぎたら東京に戻る
つもりだった。彼がこの村に来たのにはある目的があったのだ。そんな中、村人が次々と謎の
変死を遂げる事件が続く。伝説の赤熊の仕業なのか、それとも――連続殺人事件の裏に秘められた
村の忌まわしい過去とは?第27回横溝正史ミステリ大賞受賞作。


横溝正史をこよなく愛する私ですが、なぜか横溝賞作品って読んでいる作品があまりない。
なんとなく、自分の好みとは傾向が違う作品が多い気がして手が出ないのです。そんな中で、
久しぶりにこれは「絶対読みたい」と思っていた作品。だって、題名や装丁からしていかにも
正史風ではないですか。

なるほど、予想通り、全体的にいかにも正史の世界を意識したおどろおどろしい雰囲気に
彩られている作品。雪深い寒村、昔から村に語り継がれる言い伝え、見立て殺人。そこにプラス
される伝説の赤熊。これでもか、という位舞台設定は揃っています。まさに‘私好み’な
作品・・・の筈だったのですが、これが思った程のめり込める作品でもなかった。原因の
一つは、やはり巻末の選評委員の言葉にもあったように、人物設定が魅力的でないことが大きい。
中心となる滝本の人物像があまりにもぼやけすぎていて、滝本視点で物語を読むことが
できず、視点が分散してしまって集中して物語に入ることができなかった。滝本に謎の
部分を残したかったのはわかるのですが、それにしても「クールだけど本当は心の優しい
性格」というキャラにしたかったとしたら、完全に描写不足。謎解き部分では確かに少し
盛り返すものの、そこまで行く課程が長いので結局大して印象のないキャラになってしまった
点が残念。村の住人に関しても、登場人物が多い割に人物描写が足りないので誰が誰だか
把握するのが大変でした。唯一良かったのは屈託のない宏のキャラ。それなのに、あの仕打ち
・・・可哀想でなりませんでした^^;

一番怖かったのは殺人が続くことよりも、人間を襲う赤熊の描写だったような。赤熊との格闘
シーンは迫力満点。しかし、本格ミステリにこの部分が必要かは謎。こんな所を読みどころに
しなくてもという気もしました(苦笑)。しかし、こんな村には絶対いたくないぞ~~^^;
そりゃー、住民が増えない訳だよ・・・。

ミステリとしてはそれなりに伏線も張ってあり面白く読んだのですが、犯人の意外性という点
ではいまひとつ。ああ、やっぱり、という感じでした。動機は思っていたのとは少し違って
いましたが。見立て殺人にした理由もちょっと薄いかな。ただ、ラストの謎解き部分で犯人側
と藤田警部補側それぞれから真相が明かされて行く構成はなかなか上手いなと思いました。

キャラには入れ込めなかったものの、文章自体は驚く程読みやすかった。この手の作品は
設定が設定なので読みにくさを感じることが多いのだけれど(三津田さんの「厭魅~」とか)、
そういう点ではなかなかリーダビリティはある方だと思いました。書き慣れたらもっと
面白い本格ミステリを書いて来るかもしれない。何より、この手の横溝風本格ミステリの書き手
がまた一人増えてくれたことは大いに喜びたい。ただ、本書があくまでも『賞用』として
書かれたのであれば、二作目以降は普通の現代ミステリになるかもしれないので、次に
どんな作品を書いてくるのかで作者の今後の方向性が決まってくるでしょうね。私としては
この作風を貫いて欲しいなぁと思うのですけれどね。