ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

近藤史恵/「サクリファイス」/新潮社刊

近藤史恵さんの「サクリファイス」。

陸上の中距離の有力選手だった白石誓は、期待を背負って走ることに嫌気が差し、陸上を止めて
自転車ロードレースの選手に転向した。ロードレースの世界では、チームを優勝に導く『エース』
と、エースを優勝に導く為にサポートしながら走る『アシスト』の二つの役割分担がある。
アシストの役割を与えられた者は、途中で力尽きてでもエースの為に走ることを余儀なくされる。
そうした徹底したアシストの犠牲があってこそ、エースとチームを勝利に導くことだできるのだ。
誓は、そうした世界でならば肩の力を抜いて走ることが出来るとこの競技に飛び込んだ。そして、
誓はアシストとして所属するチーム『オッジ』の中でも若手の注目株とされていた。そんな中、
ツール・ド・ジャポンの試合で活躍した誓は、スペインのチームから目をかけられる。そして
迎えたベルギーからルクセンブルクに向かう五日間のリエージュルクセンブルクの試合で
活躍すればスカウト確実と思われていたが、突然の悲劇がチームを襲う。悲劇の裏には隠された
事実があった――。


昨年の9月の終わりに予約して、ようやっと回って来ました。確か予約した時9人待ちくらい
だった筈なのに、なんでこんなに時間がかかったんだろう・・・蔵書数が少なかったのかなぁ。
昨年のミステリランキングでは軒並みランクインしていた話題作。ということで期待して
読んだのですが、正直終盤に来るまでは自転車ロードレースの魅力がいまひとつわからず、
キャラにも感情移入できず、いまいち作品に入っていけませんでした。多分、この作品の
キモとなるべきロードレースという競技自体がよくわからなかったからだと思う。いや、
レースの描写はとてもリアルだし、競技にかける選手たちの心情なんかもダイレクトに伝わって
来たのは確かなのですが、レースの駆け引きなんかが素人の私には理解できないというか。
相手チームの選手と先頭を並走していたのに、自分はアシストだから相手チームの『エース』に
優勝を譲るとか、ロードレースの見方がわからない自分には『?』の連続。なんで自分の
力を出し切っちゃダメなの?とか、監督の指示を待たなくても、自分の意思でレースを
走っちゃダメなの?とか、基本的な部分で掴めない競技だなぁと思ってしまいました。
多分きちんと勉強して『エース』と『アシスト』の関係をもっと根本的に理解できれば
前半部分も面白く読めたのかもしれませんが。主人公誓の性格も途中まではあんまり好きに
なれなかった。なんだか淡々としすぎているというか。自分の素質にも見て見ぬフリを
してしまう感じで、スポーツ選手としての熱さを感じなかった。中盤以降その辺りは
少しづつ変わって行ったので良かったですが。

ただ、そうした印象が全て終盤でひっくり返されました。最後の最後を読んで初めてタイトル
の本当の意味がわかりました。これは読んで下さいとしか言いようがないですね。二転三転
し、最後に明らかにされたある人物の『思い』。それはもう、どうしようもなく胸を
掻き毟られるようなやるせない気持ちになりました。本当にそれが真実だとしたら、それを
知った残された人間にとってはあまりにも辛い。この作品は感動作だと言われていますが、
私にとっては感動というよりは衝撃でした。どちらかというと、後味が悪い方に近いかも
しれない。優しさがこんなに残酷な結末を生むなんて。本当に人を「アシスト」するという
のはこういうことなのか。できればもっと違う方法を選んで欲しかったけど、これが
その人物の答えだったんだろうと思うと、やっぱり悲しい。

私が一番許せなかったのは、香乃と袴田。自分のしたことも忘れたように平気な顔して
誓の前に現れ、しゃあしゃあと袴田との仲を見せ付けたりする神経が信じられない。
誓のことを心配するかのような態度で現れても、結局それは好きな袴田の為で、誓の気持ち
なんか一つも斟酌してない所に腹が立ちました。それなのに袴田が誓に香乃について責め立てた
内容も全く理解不能でした。何様なんだ、お前は、と言いたくなった。香乃が勝手に浮気して
誓の前から姿を消したのに、その後陸上を止めたからって、何故誓が責められねばならないの?
別に陸上を止めたのは香乃のせいでもないのに。誓も納得しないで言い返せよ!とイライラ
してしまいました。どこまで人がいいんだか。


なんだか、嫌なとこばかり挙げた気がするけれど、作品としてはとても面白かったです。
というよりも、やっぱり衝撃を受けた、というのが正しい。この真相は、ちょっと忘れられ
そうにないですね(いくら万年健忘症の私でも)。
ラスト読むまではこれはミステリなのか?と疑う位、ロードレースに掛ける青年を追った
青春小説の体裁ですが、間違いなくミステリです。自分を顧みずに他人をアシストすること。
それがどんなに覚悟がいることか。読めばきっと理解してもらえるはずです。