ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

ほしおさなえ「まぼろしを織る」(ポプラ社)

ほしおさん最新長編。最近は文庫の作品ばかりでしたが、これは珍しく単行本。

母親が亡くなり、生きる意味を見い出せなくなった無気力な女性が主人公。この

説明だけで、内容暗めなのがわかりますよね^^;シングルマザーの母親に女手

ひとつで育てられた槐。母親からは、とにかく勉強だけはしっかりして、いい大学

に入って、『何者かになること』を求められてきた。その母が亡くなったことで、

槐は生きる指標を失ってしまった。その上、コロナ禍で仕事も失ってしまう。そんな

槐に手を差し伸べてくれたのは、川越で染色工房を営む叔母の伊予子だった。槐は、

叔母の染色の仕事を手伝う代わりに、川越の家に居候させてもらうことになった。

伊予子との二人暮らしにも慣れたある日、彼女から従兄弟の綸をしばらく預かって

いいか聞かれる。綸は、街中で女性の転落事故に巻き込まれ、病院に入院していた

が、今は退院しているという。しかし、その事故以来、心を閉ざして大学にも

行けなくなってしまったのだというのだ。伊予子が関わる問題ではないと思う槐

だったが、彼女の家なので拒絶する訳にもいかず、三人での同居生活が始まった。

始めは心を閉ざしていた綸だったが、槐と共に伊予子の染色の仕事を手伝ううちに、

藍染めの青い色に魅入られ、次第に口数も増えて行く。しかし、そんな槐たちの前

に、不審な男が現れて――。

主人公の槐が、生きる目標が見いだせず、何をするにも無気力でマイナス思考な

キャラクターなので、全体のトーンが暗くて、最初はなかなか物語に入って

いけなかったです。ただ、染色の仕事についてや、機織りの描写に関してはさすが

の描写力。特に、主人公の槐が、藍染めに使う藍の染液に手を入れた時の描写などは、

素晴らしい臨場感がありました。藍染めの染液を作る時の藍建ての様子なども、

詳細に描写されているので、想像しやすかったですね。藍というものが、生き物

であるというのに驚きました。パンがイースト菌によって発酵するみたいな感じ

なのかな。何度も使っているとだんだんと色が薄くなって染まらなくなり、最後には

死んでしまい、染まらなくなってしまうというところも。本当に、生き物なんだなぁ。

心を閉ざしていた綸が、藍を丁寧に丁寧に育てて行くところに、なんだか胸を

打たれてしまいました。

ストーリーも、ある理由から綸を追い回すストーカー男が出て来た辺りから物語

が動いて、ぐいくい引き付けられて読めました。ストーカー男の言動には辟易

しましたが、最後には、寂しい人間なんだな、と憐れみの気持ちにもなりましたね。

とはいえ、槐を傷つけたことは許せないし、自分勝手なヤツなのは間違いないと

思いますけどね・・・。警察に突き出さなかったことにしても、最後のメールの

ことにしても、槐は人が良すぎるのでは、と思いましたけどね。

機織りや染色の仕事を通して、綸だけではなく、槐の内面も少しづつ良い方に

変化して行くところが良かったです。生きて行く意味があろうがなかろうが、人は

生きて行かなきゃいけない。槐も綸も、誰に気兼ねすることなく、自分の思うように

生きて行って欲しいと思いました。

少し前に読んだ月光荘シリーズに機織りの家のことが出て来ていたので、本書に

出て来た城倉家があちらのシリーズと繋がっているのかな、と思いながら読んで

いたのですが、特に関係はなさそうかな・・・多分(自信はない^^;)。

機織り体験とか藍染め体験は、すごくやってみたくなりました。どちらも、はるか

昔から受け継がれてきた日本の大事な伝統工芸だと思うので、これからも受け

継いで行って欲しいと思いますね。