ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

柴田よしき/「謎の転倒犬 石狩くんと㈱魔泉洞」/東京創元社刊

柴田よしきさんの「謎の転倒犬 石狩くんと㈱魔泉洞」。

大学4年の僕は世間の就職難の煽りを受け、夏休みになろうというのに内定をもらっていなかった。
その上就職活動の為に学生ローンで借金してしまい、返済の為必死でバイトを探したアルバイトは、
新しくできたファッションビルの全フロアにカーペットを敷き詰めるというハードなものだった。
やっとのことでバイトが終わった早朝の帰り道で、ぼくは奇妙な厚化粧の女に出会う。彼女は
なぜか僕がパソコンやスーツを買う為に学生ローンで借金したことを言い当ててしまう。彼女は
なんと、今をときめくカリスマ人気占い師の摩耶優麗だった。彼女は僕の過去を覗いて来たなどと
嘯くのだが、僕には信じられない。絶対何か裏がある筈だ!この衝撃の出会いが僕の受難の始まり
だった――(「時をかける熟女」)。お人好しで気が弱い石狩くんとカリスマ占い師が繰り広げる
5つのユーモアミステリー。創元クライム・クラブ。


少し頼りないけどお人好しの石狩くんと、彼の雇い主であり、カリスマ占い師である優麗の
傲岸不遜なキャラがなかなか良い。優麗の占い能力がどこまで『本物』なのかは結局最後まで
ぼやかされたままなのだけれど、終盤でウサギちゃんが言うように、彼女は生粋の『手品師』
なんだろうな、と思う。彼女の占いの力が超能力(あるいは霊能力)であろうが、推理力であろうが、
人間観察に長けていて、その人の行動や本質を見抜いて言い当ててしまう手腕は紛れもなく『本物』
であるのだから。普段は占い師と聞くとうさんくささを感じてあまり好感が持てないことが多いの
ですが、彼女のキャラは実に魅力的でした。化粧具合によって20代から50代に見えてしまう
という設定も彼女の摩訶不思議さを増長させていて面白い。すっぴんが一番綺麗って言われるのは
女性にとって理想的なんじゃないかなぁ。しかし、50代に見えるほどの厚化粧ってすごいな^^;
普段は石狩くんをこき使う女王様体質だけれど、時折おちゃめな面や優しさが垣間見えるとこも
いいですね。

推理の面では弱冠こじつけっぽい部分もありましたが、優麗に言われると妙に説得力があって、
なるほど、と思わせられてしまった。表題作の「謎の転倒犬」の、『飼い犬がなぜか何もない所で
転ぶ』という謎の解決なんかは面白かったけど、ものすごい回りくどいやり方だなぁと呆れる
部分もありました^^;
優麗に翻弄されておろおろする石狩くんが哀れになりつつ、可笑しかった。優麗が言うように、
彼にマスコミ関係は絶対合わないと思うな・・・。魔泉洞の売り上げがあれほど良いのだから、
彼もそのままそこで勤めて行けばかなりお給料ももらえるようになって行くんじゃないのかなぁ
(ウサギちゃんの経理がシビアだとしても)。それでも、断固として夢を捨てないところが
石狩くんの良いところなのだろうとは思うけど。でも、多分彼はなんだかんだいって優麗から
離れられない運命って感じがするな(苦笑)。


各短編のタイトルがいいです。ある年齢層以上の人にはにやりとできる筈。


「時をかける熟女」
まぼろしのパンフレンド」
「謎の転倒犬」
「狙われた学割」
「七セットふたたび」


・・・どう考えても、先にタイトルありき、で話を考えたんだろうと推測しちゃいますね(苦笑)。
そう、NHKの少年ドラマシリーズのもじりなんですね。「まぼろしのパンフレンド」だけは
ピンと来なかったのですが、ネット書評を見て調べたところ「まぼろしのペンフレンド」が元ネタ
だそう。どんな話だったんでしょう。ペンフレンドが失踪しちゃうのかしら。気になる(笑)。
ちなみに他の元ネタは(書くまでもないとは思いますが)以下。


「時をかける熟女」→「時をかける少女
「謎の転倒犬」→「謎の転校生」
「狙われた学割」→「狙われた学園」
「七セットふたたび」→「七瀬ふたたび」


懐かしいですねぇ~。どれも夢中になって観たドラマです(齢がばれる^^;)。作中で優麗が
ウサギちゃんからダビングして夢中になって観るドラマって、多分この元ネタドラマのこと
なんじゃないのかな。
「七セットふたたび」だけはちょっと内容的に苦しい~って感じでしたが・・・(タイトルは
笑えるけど)^^;元ネタの「七瀬ふたたび」は筒井康隆氏の名作ですね。大好きでした。


肩の力を抜いて気軽に読めるユーモアミステリーで、楽しく読めました。石狩くんのキャラや
話の流れなんかは坂木さんに通じるものがあるな、と思いました。これは是非続編を期待したい
ですね。

一つ難を言えば、やたらに誤字脱字が多かったこと。柴田作品を読んでそんなの感じたことが
なかったので、どうしちゃったんだろうと不思議に思いました。校正した人がいい加減だったのかな。
東京創元社は信頼してる出版社なんだけどなぁ。それが一番謎だったかも・・・。