ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

乾ルカ/「夏光」/文藝春秋刊

乾ルカさんの「夏光」。

太平洋戦争末期、哲彦は疎開先で顔の左半分に真っ黒な痣のある少年・喬史と出会う。村の人々は
その痣は彼の母親が妊娠中にスナメリの肉を食べたことによる祟りだと噂し、喬史は学校や村の
人々から忌み嫌われていた。しかし、哲彦は、どんなに酷いいじめを受けても凛とした態度を崩さず、
左目の奥に時折見える青く美しい光を持つ喬史のことが大好きだった。しかし、やがて哲彦は自らの
身体の不調を自覚すると供に、喬史の中の青い光の秘密を知ることになり――(「夏光」)。
オール讀物新人賞受賞の表題作を含めた、グロテスクだけど美しい、異色のホラー短編集。


全く知らない作家さんと作品だったのですが、最近お知り合いになった本格ミステリ好きの
十兵衛さんの所で絶賛されていて、自分好みそうだったので借りてみました。これがデビュー作
だそうですが、全くそうとは思えないしっかりとした文章と世界観で驚かされました。基本は
ホラーなので気持ち悪い描写なんかも所々に挟まれていて、グロ系の描写が苦手な人には
きついかもしれませんが、怪奇要素にファンタジックさや、そこはかとなく漂う哀切と郷愁がプラス
されて、なんともいえない独特の世界観が確立されています。文章がまた非常に端正で表現力が
素晴らしく、ビジュアル的にも訴えるものがあります。それだけに、グロい描写もリアルに映像が
浮かんで来て、気分が悪くなる部分もありましたが^^;;グロさの中に黒さがないので、
平山さんみたいに読後感が悪いということがない。どちらかというと黒乙一作品に作風が似てる
かな。郷愁や切なさを感じる作品も多いし。皆川さんや恒川さんに似てる要素もあるし。いろんな
作家の作風が頭を過るのですが、どれも似てるようで違うし、やっぱりこの作家さん独特の
作風という感じがします。どの話も完成度が高く、短編ながら強烈な印象を受けるものばかり
でした。これは思わぬ拾い物をさせてもらった気分です。ちょっとこれからも注目したい作家
の一人になりました。ホラーというより幻想怪奇という表現の方がしっくり来るな。気持ち悪い
けど、どこか美しく、儚く切ない。なんともいえない読後の余韻に浸れる作品集でした。



以下、各作品の短評。


ちなみに、本書は大まかに分けて二部構成になっています。
第一部は『め・くち・みみ』
第二部は『は・みみ・はな』
タイトルでわかるように、各作品は身体の一部をモチーフに描かれています。
この構成も面白いな、と思いました。


『夏光』
テーマは『め』
主人公と顔半分に痣のある少年との心の交流が切ない。戦時下で受ける迫害やいじめの描写
は壮絶なものがあります。特に、主人公がスナメリのアレを食べさせられるシーンには
気が遠くなりかけました・・・うわーーー思い出したくないよーーー^^;;
ラストシーンの後で起きる悲劇を思うと・・・戦時下が舞台の作品は重苦しくてあまり
読む気になれないのですが、この作品はこの舞台設定だからこそ胸に迫るものがある作品です。


『夜鷹の朝』
テーマは『くち』
ヒロイン顕子はなぜか主人公の青年の前でマスクをはずさない。マスクの下には何が?
顕子がマスクを取った瞬間は、こちらまで主人公の動揺が伝わって来てドキリとしました。
まさかマスクの下にそんな秘密があったとは・・・これはかなりの衝撃映像でしょうね^^;
顕子の存在が終盤まで実在するのかどうなのかわからないので緊迫感がありました。ラストは
切ないです。


『百焔』
テーマは『みみ』
主人公キミの妹へのどす黒い嫉妬には嫌悪を覚えつつも、多分私も同じ立場なら彼女のような
感情が芽生えるだろうな、と共感出来る部分もありました。容姿も心も綺麗な妹と、どちらも
醜い自分。人への憎悪からは悲劇しか生まれないことが良くわかる。でも、悲劇の後の姉妹の
エピソードが心に沁みました。妹のどこまでも清らかな心には脱帽です。鶴乃さんのキャラは
謎だったなぁ。彼女はキミに一体何を望んでいたんだろう。一番黒い人物なのかもしれない。


『は』
テーマはそのものズバリ『は』
これは誰もが先の展開が読めてしまうと思うのだけれど、それでも私には強烈に印象に残りました。
だって、うちも金魚飼ってるもん。こここ、怖いーー^^;始めに主人公の友人が片腕を失くした
って時点で衝撃的でしたが、その割に当の友人が淡々としてるから変だなぁと思ったんですよ。
映像が思い浮かぶだけに怖さ倍増。昨日箱根でお茶したホテルの池に鯉がいて、思いっきりこの
作品の映像が頭に思い浮かびました・・・トラウマになりそう^^;白身魚が入った鍋には注意
です・・・。


『Out of This World』
テーマは『みみ』
これは設定もオチも乙一さんっぽいです。耳から鈴の音を鳴らすことが出来る少年マコト。その上、
なぜか人の何倍もジャンプが出来て、空も飛べてしまう。首をかしげてしまう設定ですが、最後の
最後で明かされる事実によって全てが腑に落ちました。マコトが耳の秘密をタクに打ち明けるシーン
が強烈でした・・・映像化して欲しくない^^;でも、少年たちの友情にほろりとしました。


『風、檸檬、冬の終わり』
テーマは『はな』
タイトルだけ見て爽やかな話なのかと思いきや、子供の人身売買の話です。今話題に
なっている臓器売買の作品を彷彿とさせました(映画も本もみて(読んで)ませんが)。
非常に重いテーマで、かなり顔を背けたくなるような描写が出て来ます。主人公の少女が
行う卑劣な仕事には嫌悪しか覚えませんが、こうやって、闇の世界で生きる人間は確実に存在する。
それでも、一人の少女と心を通わせることで、彼女の中の何かが少しづつ変わって行きます。
少女の微妙な心の変化の描き方が上手い。少女が人の感情を『におい』で感知できるという
設定もきいていると思います。嫌悪すべきテーマの中に、一つの光が見える作品でした。
ラストを読んで、タイトルの意味がわかりました。好き嫌い分かれる作品かもしれませんが、
短編としての出来は秀逸だと思います。




とにかく、この作家との出会いは大きな収穫でした。文章力や独特の確立された世界観は
新人レベルを超えていると思う。今後の活躍に期待したいです。
十兵衛さん、ご紹介ありがとうございました。