ミステリ読書録

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大倉崇裕/「生還 山岳捜査官・釜谷亮二」/山と渓谷社刊

大倉崇裕さんの「生還 山岳捜査官・釜谷亮二」。

北アルプスの中心・黒門岳で女性の死体が発見された。死体は、黄色のダウンジャケットを右手に
握り締めた折りたたみナイフで雪面に刺し貫いていた。彼女は死の直前何を伝えたかったのか――
長野県警・山岳遭難救助隊の釜谷と原田は、現場に直行し、彼女の死の真相を探り始める(「生還」)。
山と渓谷』で連載された短編三作に書き下ろし一編を収録。


大倉さん、『聖域』に続き、またも山岳ミステリーです。出版社を見て、「こんな出版社聞いた
ことないなぁ」と思いましたら、そのまんま山雑誌の出版社なんですね^^;大倉さん、山好き
であることは前作で良くわかっていたけれど、そんな雑誌にまで寄稿していたとは(笑)。
「聖域」の姉妹編と聞いていたので、どこかでリンクしてるんだろうとは思っていたのですが、
長野県警の山岳遭難救助隊の松山隊長が共通して出て来るんですね。今回も、電話のみの場面が
多いけれども、要所要所でかなりおいしい役どころになってます。警察内部で煙たがられている
釜谷に対しても、呆れながれも理解ある態度を示したりして、いい味出してます。渋い!
そして、もちろん今回も一番の主役は『山』。山で起きる遭難事故や事件を通して、山の
怖さ・厳しさが伝わってきます。それでも、山に登ろうとする人たちの思い。そして、事件の
真相を明らかにしようとする釜谷の執拗なまでの真摯な姿勢。読み応えがありました。今回は
短編ですが、個人的には「聖域」よりもこちらの方が良かった。短いページ数の中にもドラマが
あり、事件の真相を知った後で余韻に浸れるものが多かった。雑誌掲載の三作はじんわりと感動
できる読後感だったのに対し、ラストに収録された書き下ろしの「英雄」だけは事件が解決しない
まま結末を迎える形になっています。あまり後味も良くないので不満を感じる人もいそうですが、
釜谷にも解決できない事件もあるという、山岳捜査官の限界や迷い、そして、最後の最後まで
諦めない執念を描いたことで、彼の人物像に深みが出る作品になったと思う。全体通して、釜谷
人物像を決定するような性格や内面描写はほとんど出て来ません。視点が相棒の原田というのも
理由の一つではあるけれど、彼の印象や事件の捜査過程でしか釜谷の人物像を推し量ることは
できない。基本的に無口で、原田と事件以外のプライベートな会話を交わすこともほとんど
ありませんし、事件の関係者に事件について聞いて回る時くらいしか口を開きません。でも、
事件の捜査を通して、彼の「遭難者を救いたい」「事件の真相を明らかにしたい」という
山岳捜査官としての真摯で必死な思いと行動を読んでいると、自然と釜谷という人物がとても
魅力のある人物に映ってきました。彼の相棒となった原田が彼と事件の捜査を請け負ううちに、
彼の信奉者となっていくように。クールで静かな男の中に、滾るような山岳捜査官としての
情熱が潜んでいる。多分端から見れば「単なる山バカ」なんでしょうけれど^^;こういう人を
恋人にしたら女性は大変だろうなぁと思うけど。でも、身長も高くてスタイルも良さそうなので
結構もてそうな感じはしますが。少なくとも私はこの一冊ですっかり釜谷のファンになったよ(笑)。

この作品は釜谷の物語でもあるけれど、彼の相棒・原田の成長の物語でもあると思う。釜谷
行動を供にして行くうちに、彼も山登りや事件の捜査の方法を学んで行き、有能な釜谷
相棒として体力的にも精神的にも成長を遂げて行くのがわかります。釜谷もそんな彼のことを
温かく見守っているような感じがするんですよね。ラストの「英雄」では、原田の推理を聞いて
認めている場面もありますし。二人の関係がなかなか良かったです。

とにかく、大倉さんが『山が好き』というのがどの作品からも伝わってきます。『聖域』同様、
山のシーンはとにかくリアル。釜谷が遭難者に起きた出来事を、少ない手がかりからつきつめて
行く過程はミステリとしても秀逸です。山岳ものに苦手意識のある方も(実は自分のことです^^;)、
きっと楽しめるのではないかと思う。ますます大倉さんのファンになっちゃったぞー。
もちろん、山登りが好きな方ならば是非お薦めしたいです。『聖域』と併せてどうぞ!