ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

畠中恵/「アイスクリン強し」/講談社刊

畠中恵さんの「アイスクリン強し」。

明治の日本、築地の居留地近くにある西洋菓子店 < 風琴屋 > の若き店主・皆川真次郎の元に、
長年の親友であり、巡査の長瀬が訪れた。長瀬を含む警察内部の元士族の集まり『若様組』の面々
の元に、奇妙な手紙が届けられたという。『若い御仁方へ』と宛名書きされた手紙には、「謎ときを
すべし」と始まる不可解な内容の指示が書かれていた。長瀬は、真次郎の元にも同じ手紙が来て
いないか尋ねにきたのだった。どうやら差出人は真次郎と若様組の皆に共通の人物らしいと推測
できるのだが・・・。明治の激動の中で西洋菓子屋を営む若き店主と元幕臣たちが巻き込まれる
騒動を描いた連作集。


久々の『空腹小説』です。明治の洋菓子屋さんの若き店主が主人公。孤児として育ったミナ
こと皆川真次郎と元幕臣の巡査たちが、スイーツの甘い香りと供に巻き込まれる騒動を描いた
連作短編集。ミナが作るスイーツはどれも現在の洋菓子の『原型』となる基本的なものばかり
ですが、それがとてつもなく美味しそう。とろけるようなクリームの入ったシユウクリーム、
かりっと焼いたビスキット、ひんやり甘いアイスクリン、熱々のワッフルス・・・シンプルな
だけに味の想像ができやすく、美味しさがダイレクトに脳内に伝わってきます。以前読んだ
上田早夕里さんのスイーツ小説みたいに凝ったフランス菓子もいいけど、昔から変わらない、
こういう基本のスイーツはやっぱり大人から子供まで大好きな味だと思います。洋菓子がまだ
世間に広まっていない日の本で、西洋菓子の素晴らしさを広めようと頑張ったミナのような
職人さんたちのおかげで、今こうして美味しいスイーツが食べられるようになったのですよね。
ありがたいことです。ミナが楽しそうにお菓子を作るので、こちらまで嬉しくなりました。

ただ、ミナがお菓子を作る部分は良かったものの、それ以外の話の流れはどの作品もちょっと
わかり辛く、ストーリー展開としてはイマイチ。序文で出て来た奇妙な手紙の結末もさほどの
盛り上がりも見せず、あっけない幕切れで拍子抜け。畠中さんの作品らしいといえばそうなの
ですが・・・。ミナと長瀬とヒロインの沙羅、三人が三角関係になったりするのかと思いきや、
そこも中途半端。結局、それぞれの恋愛感情は表に出されないので消化不良でした。かなり
思わせぶりな描写なんかもあるので、最後の『ワッフルス熱し』では決着がつくのかと思って
いただけに、この終わり方はかなり肩透かしを食らわされた気分で不満。続編を想定しているから
なのかなぁ。
スイーツ小説としても、ミステリとしても、恋愛小説としても、どれも中途半端で、一体畠中
さんは何を狙って書きたかったのが見えて来なかったです。『若様組』のメンバーたちの
キャラ造詣も、長瀬と園山以外の人物は誰が誰やらだったので、もうちょっと書き分けて
欲しかった。ミナや沙羅のキャラは良かったのですが・・・。私としては、各タイトル通りの、
スイーツ主体の作品にしてくれた方が楽しめたなぁと思う。そういう意味では一番面白かった
のは、『チョコレイト甘し』でした。ミナが精魂込めて作った料理があんな状態にされてしまった
時はミナと同じように怒りが込み上げてきました。ただ、怒りにまかせて小弥太の大事なもの
をあんな風に扱ったことは『酷い!』と思いましたが・・・でも、ラストでからくりがわかって、
彼のしたことが腑に落ちました。お人良しなんて言われるミナも、実は案外根に持つタイプ
らしいことがわかり、苦笑してしまいましたが。まぁ、やられたことを考えると、それ位の
報復はご愛嬌でしょう。結末は一件落着で爽やかでした。

コレラが巷に流行する『ゼリケーキ儚し』では、コレラに罹ってしまう人物たちの身が心配に
なりました。塩と水だけでコレラがほんとに治るというのはあり得ない気もするのですが、当時は
そういう治療法が流行ったのでしょうか。というか、結局小弥太や加賀はどうなったんでしょうか。
最終話では名前さえ出て来ないのですが・・・^^;

面白くなかったとは言わないけど、どうも設定の中途半端さが目につき、残念な印象が強いです。
明治の洋菓子屋を題材にしたのは良かったと思うのですが。思いつきだけで書き進めちゃって、
時代背景の下調べが足りなかったような感じ。続きがあるならば、その辺を修正して、ミナと
沙羅の恋愛に決着をつけて欲しいですね。