ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

広瀬正/「マイナス・ゼロ」/集英社文庫刊

広瀬正さんの「マイナス・ゼロ」。

昭和二十年、中学二年の浜田俊夫は空襲の最中、爆撃に遭って瀕死の状態だったお隣の大学の先生
とある約束を交わす。その直後先生は亡くなり、仄かに俊夫が想いを寄せていた一人娘の啓子さんは
行方不明になってしまう。先生の頼みごととは、「十八年後に研究室に来て欲しい」というもの
だった。そして十八年の歳月が流れ、俊夫は先生との約束を果たすべく、研究室へと赴く。ドーム型
の研究室は現在及川某氏の所有になっていた。及川氏に事情を話して研究室を訪れてみると、そこに
いたのは十八年前に行方不明になっていた啓子さんだった。そしてその傍らには銀色の不思議な
機械が――それは先生が密かに開発した『タイムマシン』だった。啓子さんは十八年前の空襲の日
からタイムマシンに乗って『今日』にやって来たのだ――!そして、俊夫もまたタイムマシンで
量らずも時間旅行の長い旅に出ることに・・・タイムトラベル小説の金字塔。


去年復刊されたことで、あちこちでSF小説の傑作として紹介されていて、ずっと気になっていた
作品です。私がSFに食指が動くのは珍しいのですが、みなさんがあまりにも絶賛するので手に
取ってみました。でも、残念ながら私が読んだのは復刊バージョンではなく旧バージョン。
どうやら新装版はフォントが大きくなってページ数が増えているようなのですが、確かに
私が読んだ旧パージョンは字が小さくてちょっと読みづらかった^^;

いや~、ほんとに面白かった~!これは確かに傑作です。初めは多少古臭い文章に戸惑った面も
あったのですが、途中からどっぷりはまって俊夫の運命がどうなっちゃうのかワクワクしながら
読み進めました。私はタイムトリップものは結構苦手で、タイムパラドックスの問題とか考え始め
ると頭が混乱しちゃって作品が楽しめなかったりすることが多いのですが、これは非常にシンプルで
わかりやすかった。ただ、ラストで明かされる啓子さんの出生に関するある事実にはびっくり仰天、
そして頭大混乱でしたが・・・えー!えー!えー!!??なんでそんなのアリ!?ってとにかく
驚いて考え出したら永遠のループにはまりそうになりました^^;;読んだ方とネタバレトーク
したい!って切実に思いましたねぇ。ちょこちょこそういう部分はあったのですが。

でも、とにかく良く出来てます。いくつか読んでる間に引っかかったりご都合主義的に感じる
部分があったのですが(俊夫が最初に乗ったタイムマシンに多額の百円札が残されているとか)、
最後まで読むとそれが全て考え抜かれた上で書かれていたことがわかり脱帽でした。特に最後まで
読んで始めの方に戻ると、いかに細かく伏線が張られていたのかに気付かされ驚きました。これは
良く出来たミステリーと云っても全く差し支えないでしょう。この方、きっとミステリ書いても
巧いだろうなぁと思ったら、ミステリっぽい作品も書かれているようですね。是非読んでみたいです。

昭和初期のノスタルジックな描写がまた非常に良かったですね。登場人物間の会話も軽妙で
読んでいて楽しかった。タイムスリップ先で俊夫が出会う人々も素敵な人物ばかり。特にカシラ
一家の人々と俊夫の触れ合いがとっても良かった。それに、その時開催されたオリンピックの
様子や当時の生活習慣や風俗など、丁寧に取材した上で書かれているのがわかる詳細な描写で、
まだ今のように全てが近代化されていない古き良き時代の風俗小説としても充分楽しめました。
映画の『Always~三丁目の夕日』みたいな、実際その時代を経験していなくても、なんだか
懐かしい気持ちにさせてくれるような郷愁漂う作品でした。

途中一度だけ出て来る『ヒロセタダシ』にも作者の稚気を感じてニヤリ。きっとおちゃめな
人だったんだろうなぁと嬉しくなりました。わずか47歳で夭逝されたのだそうですね。
残念です・・・。

俊夫が赤紙で召集されてからの畳み掛けるような展開はとにかく意外性と驚きの連続。
作者の巧さに唸らされました。本当に、こんな傑作が長く絶版状態だったということ自体に
驚きと憤りを感じますね。末永く後世に読み継がれて欲しいSFの傑作だと思います。
読めて良かった。大満足です。