ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

柳広司/「虎と月」/理論社刊

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柳広司さんの「虎と月」。

『父は虎になった』――幼いころからぼくはそう教えられて来た。父は、ぼくが4歳の時、仕事で
旅に出てそれっきり姿を消してしまった。それから10年、ぼくがすっかり父の不在になれた頃、
とつぜん、父に会ったという人から手紙が届いた。手紙の主は、山中で一匹の猛虎と出会ったが、
それが父だったというのだ。父は本当に虎になったのか?真実を知る為、ぼくは手紙の主に会う
為、旅に出た――虎になった男を巡る奇想天外な冒険譚。ミステリYA!シリーズ。


柳さんのミステリYA!。発売されてすぐに予約したのに、全く入荷せず、入荷したと思ったら
何故か予約が後回しにされていた(たぶん)せいで、えらく時間がかかりました。最近、図書館
には結構やらかされてるんですよねぇ・・・。この間は返した筈の本がネットで確認したら返却
扱いになってなくて、おかしいと思って電話したら図書館員が返却手続きをとり忘れていたという、
あり得ないミスがありましたし(ちなみに東野さんの『パラドックス13』が入ってました。予約が
多いと思って気を遣って早く返しに行ったのに!あのまま私が電話せずに日にちが経っていたら、
どうなっていたのやら。督促の電話でもかかって来た日にはぶち切れていたかも・・・)。

またしても脱線しました。すみません。気を取り直して本書。中島敦の傑作短編山月記から
着想を得た、『虎になった男』を巡る冒険ミステリー・・・かな?ミステリ色はそれほどありません
が、終盤で明らかにされる『父が虎になった理由』なんかは目からウロコの真相が隠されて
いました。漢文なんてもう記憶の彼方に行ってしまっている為、合間合間に出て来る漢詩には
さっぱりピンと来なかったのですが。
ちなみに『山月記』は高校の教科書に載っていて(しかも冒頭だった筈)、すごく印象深い作品です。
人間が虎になっちゃうというトンデモ設定に面くらいながらも妙に惹きこまれて読んだ覚えがあり
ます。本書はそんな『山月記』とはまた違った奇想天外な設定で、語り手の『ぼく』のちょっと
とぼけたキャラとのんびりした語り口でさくさく楽しく読み進められました。ほのぼのとした
作風に反して、『ぼく』の旅は意外に波乱万丈。お役人につけ狙われたり、匪賊たちに襲われたり。
でも、なぜかその都度気がついたら周りに相手が倒れていて決着がついているという不思議な現象
が起こります。『ぼく』は、その度に自分もやっぱり父のように虎になってしまうのかと不安に
なります。
本書では『父が虎になった』理由として至極合理的な解釈がつけられるので感心しつつも弱冠
興ざめな感じもあったのですが、終盤でまたそれがひっくり返され、結局奇想天外な方向を匂わせ
つつ物語が閉じます。この作品の場合はこういうラストの方が余韻が残って良かったと思う。
ぼんやりとした印象しかなかった『父』の輪郭が、父の姿を知る人々の話を聞くことによって
はっきりとして行くにつれて、少年の父に対する気持ちが少しづつ変化して行く過程が良かったです。
少年の父は、本当に虎になったのか?そして虎となった父はどこへ行ったのか――多分少年は、
おそらく虎になった父の面影を抱えながら、一生自問して行くのでしょう。彼が最後に出会った
もの――それはやっぱり父の姿だったのでしょうか。

実際の文学作品を元に、全く違う世界を創り出す手腕はさすが柳さんです。特にラストの
漢詩の解釈には驚かされました。たった一字の違いで・・・!『ぼく』が出会う酒家の人々の
キャラなんかも良かったですね。特に趙老師のキャラは、初期の頃のジャッキー・チェン
カンフー映画に出て来そうな感じ。お茶目な感じが好きでした。

表紙もいかにもYAな感じで良いですね。読み応えはそれほどないけど、なかなか楽しめた一冊
でした。