ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

三雲岳斗/「聖遺の天使」/双葉社刊

三雲岳斗さんの「聖遺の天使」。

15世紀イタリア。建築家アッラマーニの沼の館(カーサ・デイ・パルデ)と呼ばれる館で、嵐の
夜、主人のアッラマーニが不可解な死を遂げた。屋敷の回廊の外壁に張り付けられた形で殺されて
いたのだ。アッラマーニの館には、数々の奇跡を起こした聖遺物の香炉があった。ミラノ宰相
ルドヴィコから香炉の真贋の鑑定を頼まれたレオナルド・ダヴィンチは、ルドヴィコと供に沼の館を
訪れるが、香炉は紛失していた。そこには、ルドヴィコが寵愛している美少女・チェチリアが滞在して
おり、彼女は香炉が紛失した夜、天使の姿を見たという。それも香炉が見せた『奇跡』なのか――!?
度重なる不可解な謎を天才レオナルド・ダ・ヴィンチが解き明かす。


旧宮殿にて」が大変好みの作品だった為、一作目だという本書は割とすぐに古本屋で購入して
いたのですが、読む機会を逸して積読状態になっていました。図書館本がちょっと落ち着いたので
ようやく手に取れました。まだまだ積読本がいっぱいなんだけど^^;

稀代の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチを探偵役に据えた芸術ミステリーの第一作です。
いや~、堪能しました。やっぱり三雲ダ・ヴィンチは面白い。嵐の城館で起きる不可解な殺人、聖母子
を浮かび上がらせる『聖遺物』と言われる香炉、回廊に消えた謎の天使・・・魅力的なガジェット
をふんだんに織り込みつつ、きっちり伏線が張られた本格ミステリになっているところが素晴らしい。
それぞれの謎は解き明かされてみると「なーんだ」って感じのものが多いのだけど、15世紀の
イタリアならばそれは当然の如くに『奇跡』と見做されてしまう環境である為、不自然に感じない。
現代だったら空中に磔られた死体や煙に浮かび上がる母子像なんて、どう考えても裏に何らかの
トリックがあって嘘臭いと感じてしまうと思うけれど。人々の『信仰』があるため、それは当然の
如くに『奇跡』と呼ばれ尊ばれる。こうした背景にあっても、ダ・ヴィンチの英知は『信仰』の前に
曇ることなく、その裏にあるからくりを鮮やかに解き明かして行きます。やはり、このダ・ヴィンチ
のキャラが非常に魅力的。ちょっと偏屈で愛想がないけれど、天才的頭脳とひらめきで凡人が到底
到達し得ない謎の解明をいとも容易く成し得てしまう。反面、友人のルドヴィコをからかったり、
弟子のチェチリアに頭が上がらないといった人間的な面もあるところがまた良いのです。ラストで
チェチリアにすねられた挙句に描かれたのがあの有名な『白テンを抱く貴婦人の肖像』なんで
しょうね。師匠と弟子の、ちょっと微笑ましいエピソードににやりとしてしまいました。もちろん
当のチェチリアや友人のルドヴィコのキャラも魅力的。三人の関係は実際でもいろいろな邪推が
あったようですが、彼らのような純粋な友人関係だったらいいな、と思わせてくれます。この
シリーズに限って云えば、チェチリアはレオナルドに想いを寄せているのではないかなーと、私は
感じるのですが、気のせいかなぁ。本書ではあまりそういう場面はなかったですけど。ダ・ヴィンチ
は実際には生涯独身を貫いたらしい。天才の頭脳を理解してくれるような女性に出会わなかった
のか、はたまた心の中にはたった一人の女性がいたのか(本書のダ・ヴィンチの性格だったら、
単にあまり恋愛に興味がないだけだったって感じもしますが^^;)・・・なんとも謎めいていて、
いろんな想像力を掻き立てられる人物なのは間違いないですね。


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『白テンを抱く貴婦人の肖像』「花のように美しい」と形容されるだけあり、若々しい
美少女の絵ですね。白テンも愛嬌があって可愛らしい。


アッラマーニの死の真相は、昨年読んだ某Uさんの作品に似たようなトリックが出て来たので、
それほど瞠目に値するものではなかったけれど、こういう大胆なトリック自体は本格ミステリ
らしくて好きです。香炉の謎や天使の謎なんかも、きちんと論理的に解明されて、すっきり。
アッラマーニが『天使(アンジェロ)』を○○していた理由には、じーんとしてしまいました。
犯人の動機はやるせないものでしたが、ダ・ヴィンチの謎解きに救われた気持ちになりました。

館の秘密も良く出来てます。きちんと、ダ・ヴィンチの草稿を元に描かれているところに説得力
があります。史実を元にしながら、オリジナリティを出しているところも秀逸ですね。

アカデミックで芸術的センス溢れる本格ミステリー。文章も非常に端正かつ読みやすいので、
海外が舞台でもすらすら読めました。
やっぱり三雲さん好きだなぁ。
このシリーズ、もっと書いて欲しい。また、三雲ダ・ヴィンチに会いたいです。