ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

奥田英朗/「最悪」/講談社文庫刊

奥田英朗さんの「最悪」。

小さな町の鉄工所を営む川谷信次郎は、小さな仕事を細々とこなし、休日返上で必死に働いていた。
しかし、近所から休日の騒音がうるさいと苦情を受け、対応に困っていた。そんな中、取引先から
新しい機械導入の話を持ちかけられ、銀行からの融資を受けることに。近所との軋轢だけは絶対に
銀行に知られてはならない――。かもめ銀行の銀行員、藤崎みどりは新歓キャンプで上司から
セクハラ行為を受け、仕事を辞めるか悩んでいた。また、家庭では半分血の繋がらない妹の行動に
頭を悩ませ、店頭では毎日のように振り込みに現れる老人の対応で困らせられていた。ストレスは
徐々にたまっていく――チンピラの野村和也は、定職にもつかず、小さな盗みやパチンコで日々
の生計を立てていた。そんな時、パチンコ屋で知り合った同年代のタカオに、トルエン強盗の話
を持ちかけられる。盗難は成功したが、それが元でヤクザから狙われる羽目に――三人三様、
運命の歯車が狂い始め、加速度的に悪い方へと転がって行く。そして、三人の人生が交差した時、
運命は最悪の事態に差し掛かる・・・。


傑作と名高い奥田さんの長編エンターテイメント。確かに、面白かった。面白いっていうのは
ちょっと語弊があるかもしれないけれど。だって、読んでる間の気分はタイトル通りの最悪。
語り手が三人から成る群像形式なのですが、これが三人共これ以上ないってくらい運命が最悪
の方向に向かって行くのですから。もう、笑っちゃうくらいに。彼らに待ち受ける運命の過酷さに
陰々鬱々としながらも、次はどうなっちゃうの!?と読む手が止められませんでした。文庫で
650ページ程もある長編にも関わらず、全く長さを感じなかったです。何の接点もなかった三人が、
ある場所で出会い行動を共にすることになる終盤以降は、窮地に追い詰められた人間の哀れさ、
醜悪さが存分に描かれ、息もつかせぬ展開になって行きます。多分この三人が出会うのはあそこ
だろうなぁという予想はついたのですが、まさかその後にああいう展開になって行くとは。我を
忘れ切羽詰まった人間の行動というのは予測が出来ないものなんだろうなぁ。特に川谷の行動には
終始疲れた中年男の悲哀が表れていて、読んでて可哀想になりました。だって、休日返上で朝も
夜も遅くまで働いて頑張っているのに、運命は彼に残酷な仕打ちばかり与えるんだもの。新しい
機械導入のくだりは、心の中で「やめとけ、やめとけーーー」と叫んでました(苦笑)。ラスト
でお金に異様に執着するのも、とても見苦しい行動ではあるのだけど、借金で追い詰められた人間
なら仕方ないのかな、と哀れになりました。ただほんの少し生活を楽にしたいと夢を見ただけなのに。
夢がどんどん打ち砕かれて最悪の人生に転落していく様は、リアルなだけに読んでるのがしんど
かったです。みどりや和也に関してはそれほど感情移入できなかったのですが。でも、セクハラの
くだりはひどかった。世の中の職場の多くが、ああいう対応だったら悲しいですね・・・。被害者
であるみどり自身の心の傷に触れることなく、体面ばかりをあげつらう上司たちに腹が立って仕方
なかったです。セクハラ行為に対するみどりの消極的な言動には歯がゆい思いがしたのですが、
もし自分がみどりの立場だったらどうかと考えると、やっぱり大ごとにせずにほっとしておいて
欲しいと思う気がする。大きな傷は残るでしょうが・・・。でも、柴田老人に対するみどりの
態度はちょっと酷いなと思いました。自分のことで精一杯だとしても、表面上だけでももっと
違う対応をしてあげて欲しかったなぁ。まさかああいう結末になるとは、みどりだって思わなかった
だろうけど。老人の○○って聞くだけでやるせない気持ちになりました・・・。





以下、ラストに触れています。未読の方はご注意を!














とても面白かっただけに、ラストの収束の仕方はちょっとあっけないように感じました。和也の
耳鳴りが突然止むのもちょっとご都合主義な感じがしたし。単に精神的なものから来ていただけ
だったというオチにはちょっとがっかり。何かの病気の伏線だろうと勘繰ったりしていたので^^;
みどりと裕子の友情がどうなったのかも書いて欲しかったな。結局、裕子のみどりに対する真意って
どうだったんだろう。なんとなく、読んでる限り、裕子の友情って善意のものばかりじゃない
ような感じがしていたので。深読みしすぎてたかな。川谷に関してはやっぱりちょっと可哀想だった
けど、あのまま逃げたりしないで良かったのではないかな、と思いました。あのまま逃げてたら、
問題をすべて奥さんが背負い込むことになっちゃってただろうし。最悪の状況に陥った旦那を
見捨てないであげるこんないい奥さんを裏切っちゃだめだと思いました。松村に対する態度も
そうだし、本書に出てくる登場人物の中で一番出来た人間かも・・・。罪を犯してしまった川谷の
ことを見捨てず、手を差し伸べてあげた隣の工場の山口社長にも救われました気持ちになりました
けれど。










個人的見解による本書内『最悪』人間ワースト3。

1.太田旦那 理詰めで人の意見を聞かない「上から目線」にムカムカしっぱなし。
2.タカオ なんでラストの場面で和也はこんな奴を信じたんでしょう。理解不能
3.高梨 裕子の前で川谷への融資の稟議書を捨てた時にこいつの人間性がわかりました。最低。

まぁ、他にも嫌な人間大集合みたいな作品ではありましたが(苦笑)。みどりの上司玉井とか。
タカオの兄貴分の山崎とか。読む人によって誰が一番嫌かは違うでしょうね。私は太田みたいな
人間は生理的に受け付けないんですよね・・・。
最悪な気分になるけど、読み応えたっぷりの最高のエンターテイメント作品だと思います。
とにかく、人間描写がリアリティがあって素晴らしかった。奥田さんの人間洞察の鋭さにはいつも
舌を巻きますね。やっぱり、長編も面白いなぁ、奥田さん。次は「サウスバンド」か「邪魔」かな。
未読を減らして行きたいです。