ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

東野圭吾/「新参者」/講談社刊

東野圭吾さんの「新参者」。

日本橋小伝馬町ワンルームマンションで一人の中年女性が殺された。彼女は、この町に越して
きたばかりの新参者であった。日本橋署に着任したばかりの刑事である加賀恭一郎は、彼女の死の
真相を求め、日本橋の町を歩き回り、下町の人々と触れ合って行く。加賀が辿りついた事件の
真相とは――加賀シリーズ最新作。


まずはひとこえ。


「加賀さん大好きだーーーー!!!」


・・・失礼しました。もうね、でも、今はこの言葉しか出てこないです。加賀シリーズ最新作は、
殺人事件を軸にしながらも、全体の大部分を加賀刑事が出会う下町の人々との人情話で成り立って
います。一章ごとに主要登場人物を変えて、その人物の物語を紡ぎながら、きちんと事件の方の
捜査も一歩づつ前進して行きます。構成が素晴らしいです。連作短編のような体裁。東野さんには
珍しい(というか初めて?)形式なのではないでしょうか。でも、この形がすごく効いているし、
巧いなぁと思いました。
とにかく、一章づつの完成度が高い。それが積み重なって行くのだから、そりゃ一冊通したら
傑作にもなろうってものです。加賀さんは事件の聞き込みと称して、下町の人々と会って話を
聞きながら、その人々の心の琴線に触れ、悩みや憂いを払って行きます。加賀さんに出会った
人たちはみんな、最後には頑なだった心がほぐされ、癒されるのです。そして、不思議な魅力
のある加賀さんのことが心に刻まれる。加賀さんはそうして、少しづつ日本橋の街に溶け込んで行く。
新参者だった加賀さんが、日本橋の町に受け入れられて行く様子が人情味溢れる筆致で描かれ、
読む者を温かい気持ちにさせてくれる。本当に、東野さんの巧さに唸らされっぱなしでした。
私は今まで、東野さんは作品に関しては人が悪い皮肉な面ばかりが出るなぁと思っていたけれど、
こんな素敵な心温まる下町人情話が書けるなんて、認識を改めなきゃいけないじゃないか。
ほんの小さな手がかりも見逃さない加賀さんの慧眼にはただただ脱帽。そして、こつこつと
地道に捜査を続けて得た情報を、あっさりとある人物に託し、犯人と体面させることで、犯人だけで
なく、その人物の憂いまで払ってしまうその懐の深さに完全ノックアウトでした・・・。素敵
すぎるよ、加賀さん!!!惚れ直したぜ!兄キ!!(誰だよ)

被害者が洋菓子屋に通った理由や、事件当日ゼリーと杏仁豆腐を買おうとしていた理由に胸が
締め付けられるような気持ちになりました。そういう、一つ一つのささいなパーツを見逃さず、
因果関係見つけ出す加賀さんってやっぱりすごい。清掃屋の社長の言葉じゃないけど、これだけの
鋭い洞察力を持って、いくつもの事件を解決しているのだから、警察はさっさと彼を警部に
するべきなんじゃないの。最後に出て来たアノ事件のことがあるからなのかなぁ・・・。加賀さん
自身も手柄とか全然度外視してるしなぁ。もうちょっと欲を出してもいいんじゃないのかしら。

今回、出会う人出会う人に幸せを届ける幸せ配達人みたいな役割をしている加賀さんを見て、
私は加賀さん自身に一番幸せになって欲しいと強く思いました。彼自身が癒されるエピソードを
今度は書いて欲しいなぁ・・・。しばらく日本橋署にいるのだったら、下町の人々に愛されながら、
自身の幸せを追求していってほしい。

被害者の友人と加賀さんの交わした言葉が心にしみました。

「加賀さん、事件の捜査をしていたんじゃなかったんですか」

「捜査もしていますよ、もちろん。でも、刑事の仕事はそれだけじゃない。事件によって心が
傷つけられた人がいるのなら、その人だって被害者だ。そういう被害者を救う手だてを探しだす
のも、刑事の役目です」

こんな風に考えられる刑事がこの世にどれだけいるのだろう。多分、加賀さん自身が過去の事件で
傷を負っているからこそ、言える言葉なのではないかと思う。加賀さんのような刑事が増えたら、
きっと救われる人がたくさんいるでしょうね・・・。

そういえば、結局未緒の名前は出てきませんでしたが、『眠りの森』の事件のことをに匂わす
記述は確かにありました。別に再読しなくても問題なかったけど、読んだことで、そのくだりを
より深く受け止められた気がするので、やっぱり読んで良かったです。

事件の背後に隠されていたのはある親子の物語でした。殺人は身勝手なことではあったけれど、
その動機はやりきれないものでした。もっと違う選択肢が出来なかったのかな・・・。被害者が、
日本橋の町で、新たに幸せを見つけようとしていた矢先だっただけに、やるせない気持ちに
なりました。被害者、加害者、どちらも胸にあるものは共通の想いであるだけに、余計に悲しい。

殺人事件を扱ったミステリなのに、一章読むたびに加賀さんの優しさに胸が温かくなり、幸せな
気持ちになりました。こんな風に読書できることはめったにないことです。
今年出会って一番嬉しく、幸せな読書が出来ました。ありがとう、東野さん。
今年一番、人にお薦めしたい本になりました。間違いなく、これは傑作です。
東野圭吾の引き出しの多さを見せつけられた思いがしました。