ミステリ読書録

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湊かなえ/「Nのために」/東京創元社刊

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湊かなえさんの「Nのために」。

一月二十二日、タワーマンションに住む会社員の野口貴弘宅で、野口夫妻揃って死亡しているのが
発見された。現場に居合わせたのは男女四人。警察は四人それぞれに事情を聞いた末、一人の人物
を逮捕した。裁判にかけられた末その人物は、懲役十年の刑を言い渡された。そして十年後、事件
の裏に隠された真実が明らかに――事件に関わったすべての人物が、大切な一人の誰かを守る為、
行動を起こしていた――モノローグ形式で明かされる、事件の背後に隠された意外な真実とは。


もはや誰もが追いかけなくなった様子の湊さんの新刊。懲りずに追いかけております。今回は
前三作とはちょっぴり雰囲気が変わりまして、あるタワーマンションで起きた殺人事件を、
その場に居合わせた事件の関係者が一人づつ回想して行くモノローグ形式となっています。
って、あれ、いつもと一緒か?^^;
事件の被害者二人も含めて、その場に居合わせた関係者はすべて姓か名にNがついています。
そして、それぞれの人物の身の上や当日の心境などが語られて行く上で、事件当日にその人物は
当人にとっての大切な『N』のために行動していたことがわかって行きます。湊さんらしく、
なかなかに入り組んだ人物関係になっていていて、表面上で認識されていた事件の状況とは
全く別の真相が隠されていることが少しづつ浮き彫りにされて行きます。この辺りの物語の
進め方はやはり巧いと思いますし、相変わらず出て来る登場人物が救いようのないくらい嫌な
人物造形で、その言動にいちいちムカムカイライラ。よくもまぁ、ここまで悪意のある人物を
描けるものです。そこが湊さんのカラーだと思うし、個人的にはその部分はなくさないでいて
欲しいな、とも思うのですが(ものすごい、読んでいて気が滅入ってくるんだけども^^;)。
特に希美の母親と、父親の愛人の人物造形の壊れっぷりが凄い。希美の転落人生パートは
この作品最大の読ませ所じゃないでしょうか。仕送りの20万を化粧品やらアクセサリーやらに
使ってしまう母親に唖然としていたら、弟を食べさせる為に恥を偲んで金を無心しに行った希美に
土下座させて自分の手料理を与える愛人にも目が点。ほんと、世の中ってこんなに酷い人間が存在
するんだって思い知らされたというか、読者を嫌な気分にさせる描写に関しては天下一品ですね、
湊さん(褒めてます)。決して読んでいて気持ちのいい読書は出来ないのですが、この辺りの毒の
入れ方が絶妙で、ついつい中毒のように先が読みたくなってしまう。なんだかんだで、この人の
リーダビリティはやっぱり素晴らしいと思うし、それだけでも個人的には作家としての価値が
あると思う。読者にページをめくる手を止まらせないっていうのは、やっぱり作家として作品を
書くにあたって、とても大事なことだと思うから。読者はシビアで、ツマラナイ、合わないと思ったら
いくらでもそこで物語の続きを読むことを放棄する権利があるのだから。

とはいえ、せっかくのリーダビリティもラストの真相でガッカリさせられたというのが正直な所。
ラストはもっと意外な真相が隠されていると思っていただけに、かなり拍子抜けでした。もっと、
黒い悪意が錯綜しているのかと思っていたのに・・・。確かに、一番黒かったのは野口の妻のだった
ような気はしますが。すべての人物が大切な『N』のために動き、そのベクトルがずれていた、
というのは物語としてなかなかに面白い方向性だと思っていただけに、もうひとひねり欲しかった。
この辺りのラストの処理に関してはデビュー作後の作品から共通したものとも云えますが。やはり、
『告白』の最後の一撃のようなああいう黒さが欲しい。なんだか、ぬるいラストで締りが悪いと
いうか。中途半端な読後感で、妙な居心地の悪さを感じました。うーん、惜しい。

希美の『罪の共有』という認識の部分ももうちょっと掘り下げて欲しかった気がするな。
それにしても、西崎の創作小説『灼熱バード』(このタイトルからして鳥肌もの)はうざかった。
西崎自身の人物造形も(顔は綺麗って設定なのに^^;)相当うざかったけど(苦笑)。
まぁ、それなりに面白かったのですが、あと一味、何かが足りないって感じでした。やっぱり
『告白』を越えるのはもう難しいのかも。デビュー作があれだけ話題になると、足枷が重くなって
作家も大変だ。まぁ、周りはほとんどこの作家からはリタイアしているようですが(^^;)、私は
今後もしつこく追いかけるつもりです。この人の黒さやリーダビリティは、やっぱり評価したいと
思うからね。

装幀はなかなかカッコいい。前作『贖罪』ではベリーベリーって感じだったけど、今回は薔薇薔薇(笑)。
青い薔薇は以前だったら『不可能なこと』の代名詞だったけど、今はある程度現実化しちゃってる
から、なんだか言葉自体の価値も薄れてる気がするけど。でも、内容とこの青い薔薇の因果関係が
あまりないような・・・。あんまり深い意味はないのかな。
そういえば、初めてタイトルが二字熟語じゃなくなりましたね。湊さん自身がマンネリからの脱却を
図りたいと思っている証拠だったりして。深読みしすぎ?^^;