ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

近藤史恵/「エデン」/新潮社刊

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近藤史恵さんの「エデン」。

日本を離れて三年。スペインのチームからフランス北部アミアンに本拠地を置くパート・ピカルディ
に移籍した白石誓は、いよいよロードレースの最高峰であるツール・ド・フランスに参加する日が
近づいていた。しかし、そんな矢先、チームのスポンサーが撤退することが決まり、チーム解散
の危機を迎えることに。その上、有力な若手新人と注目されているニコラ・ラフォンの所属する
クレディ・ブルターニュと共同戦線を組む話を受けた監督は、白石を始めとするパート・ピカルディ
の一部の選手たちに自分のチームのエースのミッコよりも、ニコラのアシストを優先しろと言って
来た。ニコラが表彰台に上がれば、新しいスポンサーが見つかり、チームが存続出来る可能性が高く
なるというのだ。無名の選手である白石にとって、チームが存続出来なければ次の契約も見つかる
筈もなく、日本に帰るしかない。白石の心は揺れるが、彼の出した答えは――大薮賞を受賞した
傑作『サクリファイス』の後日譚、待望の刊行。


話題になったサクリファイスの続編です。私はてっきり『Story Seller』に掲載されていた
前日譚の短編がまとまった短編集なのかと思い込んでいたのですが、そうではなく、純粋に
同じ主人公の白石誓が活躍する続編でした。舞台はフランスに移り、チカ以外の登場人物は
総とっかえなので、続編というより姉妹編と言った方が正しいようですが。

今回は自転車ロードレースの最高峰、ツール・ド・フランスに出場することになったチカの
活躍が描かれます。やはり、すべてのロードレースの選手にとって憧れの舞台であるツール・ド・
フランスは、チカにとっても特別。彼のこのレースにかける熱く強い思いが伝わって来る作品
でした。前作で私はエースとアシストが強い結び付きを持つロードレースという競技のルール
自体がどうもいまひとつピンと来ず躓いたところがあったのですが、本書でもやっぱりそこは
度々理解し難いところがあったように思います。きちんとルールを学んで理解すればもっと
もっと面白く読める作品なんだろうなぁとは思ったのですが。ステージごとにいろんな駆け引きが
あって、周りの選手との戦いでもあるけど、自分の体力や精神力との戦いでもあって、選手たちは
いろんなものと何日間も戦わなきゃいけないんだなぁ、改めて奥の深い競技だな、と思わされ
ました。日本ではロードレースの中継なんてあまり注目されないしテレビ放映自体もないから、全く
未知の競技という感じではあるのですが、ちゃんと観たら面白いんでしょうね。でも、テレビ
とかで観てるだけではエースとアシストのそれぞれの役割とかまではわかんないだろうなぁ。
本で読んでてもなかなか理解出来ないところがある位ですから^^;今回、他のチームに協力
して相手のエースを勝たせる、そんな駆け引きまであるのか、と驚きました。それって、
他の競技だったら完全に八百長って言うんじゃないのか?と思ったのですが、ロードレースの
世界ではそうではないようです。選手同士だけではなく、チーム同士の駆け引きまであるとは。
純粋にすべての選手が一位を競い合う競技とは本当に一線を画すような競技なんですね。

残念だったのは、前作に比べて大幅にミステリ色が薄れたこと。ロードレースにかける男たちの
熱き戦いを描いたスポ根小説として十分面白いし読み応えもあるのですが、やはり、ラストで
あっといわせ、しっかりミステリとしても読ませてくれた前作に比べると完成度の点で落ちたと
言わざるを得ない。ミステリ的要素が皆無という訳ではないのですが、そこに前作のような
カタストロフはなく、「ああ、そうだったんだ」と事実を確認して納得出来たくらい。前作の
真相とタイトルがピタリとはまるあの快感は今回はなかったです。ただ、『エデン』という
タイトルはこの作品自体にはぴったりだと思うし、タイトルの意味がわかるラストのチカの
独白も感動的で良かったのですけれど。もちろん、前作同様、ロードレースにおけるエース
に対するアシストの存在意義を深く掘り下げた作品だったのは間違いない所だと思います。

驚いたのは、チカの性格が三年の間に随分丸くなっていたところ。前作では随分とんがったような
投げやりな所があったけれど、やはりあの事件と三年間の海外生活でもまれたおかげなのかな。
ロードレースの本場・フランスでの自分の実力や限界を見極めた上で、チームの為に尽力し、
エースのアシストに徹する姿勢は、きっとあの人から植え付けられたものなのでしょう。
日本にいた時のチームメイトの名前などは一切出て来ないので、こちらだけ単独で読んでもほぼ
差し支えはないのですが、所々であの事件とあの人物を匂わす表記が出て来て、チカの心の一部を
占めていることがわかるので、前作を読んだ上で本書に当たられる方が、より深く楽しめるのでは
ないでしょうか。

ちなみに、裏表紙の二人の選手が着ているのが作中で登場するマイヨ・ジョーヌ
マイヨ・ブランのジャージなんでしょうね(ジョーヌは黄色で、ブランは白)。この黄色い
ジャージは確かに着ていたら目立つだろうなぁ。もちろん、栄光の輝きでもある訳ですが。
この黄色いジャージを獲得して、ツールに名を残す為、みんなエデンを目指すんでしょうね。
一緒にもらえる黄色いライオンのぬいぐるみの写真もどうせなら載せて欲しかったなぁ。
どんなぬいぐるみなのか気になりました^^;

ミステリ的驚きがなかったのは残念でしたが、ロードレースやツール・ド・フランスの奥深さ、
面白さは十二分に伝わって来る作品でした。チカのアシストとしての心の葛藤や成長も爽やかに
描ききっていると思います。面白かったです。