ミステリ読書録

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我孫子武丸/「さよならのためだけに」/徳間書店刊

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我孫子武丸さんの「さよならのためだけに」。

ネムーンから戻るなり、水元と月は“さよなら”を決めた。二人はまったくそりが合わなかった
から。けれど…少子晩婚化に悩む先進諸国はグローバル国策会社、結婚仲介業のPM社を創り
だしていた。その独創的相性判定で男女は結ばれ、結婚を維持しなければならない。しかもこの
二人、判定は特Aで夫ときたらPM社員。強大な敵が繰りだす妨害に対し、ついに“別れるための
共闘”が始まった(あらすじ抜粋)。


あらすじ抜粋ですみません^^;我孫子さんの久々の新刊だーと嬉々としていたのに、内容が
恋愛小説だと聞いてかなりテンション下がり気味で読み始めたのですが、なかなか面白く読めました。
舞台は近未来の日本。遺伝子診断によって、自分にとって『最高の結婚相手』を仲介してくれる
結婚仲介業のPM社が国家レベルで絶大な信頼を得ている社会。ほとんどの人々がPM社による相性
診断によって結婚相手を決めている中、主人公の水元と月(ルナ)も相性診断で『特A』の判定が
出たことで、相手のことを良く知りもしないうちに結婚を決めてしまいます。けれども結婚式を
挙げてハネムーンに行っている間に、二人の間にはどうしようもない溝があることに気付いて
しまいます。到底幸せな結婚生活など望むべくもないと悟った二人は、離婚を決意します。まぁ、
ちょっと前に流行った成田離婚ってやつに近いですね。でも、安易に結婚してすぐ離婚という今の
芸能界みたいな状況は、PM社の相性診断『特A』の二人には許されず、そこから二人の離婚に
向けての長い戦いが始まる、というストーリー。一組の夫婦の離婚というごくごく個人レベルの
問題が、政府や国家レベルにまで発展するというところはなんともやりすぎな感じがしなくも
なかったし、大風呂敷を広げた割に結末はあっさりとしていて拍子抜けしたところもあったの
ですが、読みやすい一人称とテンポの良いストーリー展開でぐいぐい読まされました。

晩婚化が進む今の日本の状況を突き詰めるとこういう世の中になっていくのかもしれないなぁ、と
妙な説得力を感じたり。自分自身がそのうちの一人ってところも、なかなかに読んでいて身につま
されるところがありました。確かに遺伝子レベルで自分と最高の相性の人を紹介されて、絶対
幸せになれると断言されたら、そういうものなのかも・・・と思っちゃうかもしれないですね。
でも、どんなに計算上で相性が良くても、会って話してみないと本当に相性がいいかどうか
なんてわからないと思うんだけど。でも、水元と月みたいに『特A』判定なんて受けてしまったら、
それだけで『運命の相手』と思い込んでしまうかも。一見荒唐無稽に思えるけれども、なかなかに
人間心理をついた設定だと思いました。

始めは水元も月も、どちらのキャラも自分ことしか考えていない身勝手な言動が鼻について、イライラ
しながら読んでいたのですが、だんだんと二人が『離婚』に向けて共同戦線を張って協力して行き、
お互いの気持ちも尊重し始めてからはかなりどちらにも好感が持てるようになりました。二人の
協力者として出て来る水元の先輩の乾は好感が持てたのですが(途中のあっけない心変わりには
呆れましたが)、月の友人の深尋には最後まで嫌悪しか感じませんでしたが。いるよなー、
こういう子って、どこにでも。でも、絶対に友達にはなりたくないタイプ。無邪気に悪意を
振りまいておいて、本人に自覚がないってところが一番問題っていう。最後の最後まで彼女の
言動には呆れました。まぁ、当然そうなるだろうな、という予想の範囲内ではありましたけれど。
絶対乾みたいな人間には手に負えなかったと思うので、彼にとってはその結末で良かったと
思いましたけどね(苦笑)。

水元と月のラストに関しても、あまりにも予定調和で意外性に欠けるものではありましたが、
二人の決断は清々しく、読後感は爽やかでした。収まる所に収まって良かったなって感じ。
途中かなりスケールの大きい展開になって行くだけに、正直物足りなさもありましたが、恋愛
小説として読むならこれ位で丁度いいのかな、と思いました。面白かったし、個人的には満足。

PM社のドン、サイゾーのキャラはもう少し活躍させて欲しかったですね。終盤は彼の息子の方が
よっぽど目立っていたからなぁ。でも、息子と月のやりとりには胸がすっとしました。月、良く
やった!と快哉を叫びたくなりました(笑)。6年後、月は彼に再会するんでしょうかね。

表紙の絵は、終盤のあのシーンなのかな。装幀も含めてマンガ的要素が強い作品だな、と思い
ました。実写化しても面白いかも。月のトイレから脱出劇の辺りとかね。緊迫感あるのに、
ちょっと滑稽で笑えました。


あまり我孫子さんらしくない作品ではありましたが、なかなかテンポ良く読めて楽しめましたし、
独身者にとっては身につまされる一冊でありました。