ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

飴村行/「粘膜蜥蜴」/角川ホラー文庫刊

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飴村行さんの「粘膜蜥蜴」。

町で一番の権力者の父親を持つ月ノ森雪麿の家に呼ばれた同級生の真樹夫と大吉。雪麿はいつも側に
下男で爬虫人の富蔵を従えていた。爬虫人(ヘルビノ)は、頭部は人間と同じ形だが、顔の中程
から顔面が前方に二十センチほと突き出した蜥蜴そっくりの相貌をしている。ナムールという国
の密林に棲息しているが、日本へも輸入されていた。富蔵はヘルビノだが日本育ちなので、日本に
対して愛国心を持っており、雪麿に心から忠誠を誓っていた。真樹夫と大吉は、雪麿の家で経験
する初めてのいろいろな物に驚かされっぱなしだったが、あることがきっかけで大吉が死んで
しまう。雪麿から部屋に閉じ込められて大吉の死体の解体を任された真樹夫だったが、非力な
真樹夫では到底力が足りず、途方に暮れていつしか眠ってしまう。すると、夢の中で戦地に赴いた
最愛の兄が、なぜか隣に爬虫人を伴って現れ、大吉は生き返ると告げる。そして、目が覚めると
本当に大吉が生き返っていた。一体あれは何だったのか――2010年度『このミステリーが
すごい!』第6位、第63回日本推理作家協会賞受賞作。


はい。という訳で粘膜世界にレッツゴー♪とばかりに読んでみました。ひゃー、面白かった。
のっけから爬虫人(はちゅうじん)ですからねぇ。相変わらず、この人の世界は独特だなぁ。
今回も戦時中の日本が舞台。軍が絶大な権力と支配力を持っていて、本書の主人公(と言って
いいものか悩むところですが、中心人物には違いないので便宜上そうしておきます)雪麿は
町で唯一の医者の息子で、父親が軍とも関わりがあることから、学校では放蕩し放題、誰にも
文句を言われない特別な立場にいる為かなり傲岸不遜な性格。これがまぁ、ムカツく性格ったら
ない訳です。そして、自分の權力を見せつける為に、定期的に同級生たちの中からランダムに
人を選んで、自分の家に『ご招待』することを繰り返しています。そして、運悪く今回選ばれて
しまったのが真樹夫と大吉。そこで二人はトンデモない出来事に遭ってしまいます(大吉に
関してはトンデモないどころの騒ぎじゃない経験をする訳ですが・・・)。次から次へと
目まぐるしく荒唐無稽な設定が出て来て、唖然呆然。まぁ、私はまだ前作での免疫があるから
多少の慣れはありましたが、この作品からいきなり読まれた方は、この飴村さんの粘膜世界に
目が点になるんじゃないでしょういか。なんたる世界観!でも、これが抜群に面白いのだから
困ったものだ。この世界を面白いと思える自分がちょっと嫌で、ちょっと誇らしい(笑)。
エグくて気持ち悪い描写も多分に出て来ますが、確かに前作程ではなかった・・・気がする(笑)。
ただ、やっぱり食事中に読む本では決してないですね・・・食欲減退すること請け合い^^;

今回のキモは何と言っても爬虫人の富蔵のキャラでしょうね。この富蔵、爬虫人のくせに、
日本育ちのせいか妙に日本贔屓で、幸麿ぼっちゃん至上主義。所々なんだか胡散臭い言動を
するところがあって、得体の知れなさ、計り知れなさを感じてちょっと気味が悪いところも
あるのだけど、基本的には幸麿に忠実で、いつも幸麿を盛り立てることに使命を燃やす。なんで
こんなクソガキにこんなに忠誠心があるのかなぁと、読んでる最中ずっと不思議に思っていたの
だけど・・・この理由にはただただお口あんぐり。そうか、そうだったのかーーー!!と、最後の
最後で目からウロコが落ちました。いや、実はほんとに最終章の最後の方読むまで、なんでこの本
が推協賞を獲ったのか、全くわからなかったんですよ。確かに面白いけど、これミステリかなぁ?
と首を傾げたくなるというか。確かに一章の真樹夫の夢のシーンの謎が二章で解けたり、巧い
構成で書かれているなぁとは思っていたのですけれどね。でも、ある事実が明かされた時の
カタストロフはここ最近のミステリの中では一番大きかったかも。そして、確かにそれに至る
伏線が随所に仕掛けられているんですよ、これが、驚くべきことに!いやはや、飴村行、
おみそれしました。って感じでした。
実は、第二章の美樹夫視点の部分は、戦争ものが苦手なので最初かなり読みにくさを感じた
部分もあったのですが、話が進むごとに間宮や坂井のキャラの個性がしっかり立って来て、その
二人に挟まれる美樹夫の苦悩と苦労も伝わって来て、いつしかぐいぐい読まされてました。
密林の中でのサバイバル冒険もハラハラドキドキで面白かったし。襲って来る生物がいちいち
気色悪くて、昆虫嫌いの私には血の気が下がりましたけど^^;;坂井が巨大ミミズにやられる
シーンが一番衝撃だったなぁ・・・うう。こ、怖いよーーー。気持ち悪いよーー。いや、その後の
ヘルビノにやられる間宮のシーンはもっとすごかったか・・・う、思い出しただけで鳥肌が^^;;
まぁ、そんなシーンにもめげずに読み続けたら最後に報われたから良かったけどね・・・。
飴村さんは、人間の生理的嫌悪を知り尽くしてますね。解説の杉江さんもおっしゃってますが、
こうなったら嫌だな~っていう展開に、見事に持って行ってくれるのが飴村行という作家(笑)。
そうして、みんなが『嫌だー、キモチワルイー』って思いながら読んでいる姿を思い浮かべて
ほくそ笑んでるんだろうなぁ・・・(穿った想像)。

でも、気持ち悪いばかりじゃなく、本書の凄いところは、随所で笑えるところ。特に、一番
ウケたのは、雪麿と富蔵の会話。漫才か!と思うくらいズレてて笑えるんですよ、これが。
富蔵のとぼけた発言にいちいちツッコミを入れる雪麿。一番爆笑したのは、雪麿が女中の一人
を魅和子に仕立てて『姫幻視』を使ってアレする間、富蔵がその横で雪麿応援歌を歌いながら
応援するくだり。『フレフレぼっちゃん、イケイケぼっちゃん』・・・笑い死ぬかと(爆)。
いや、やってることは単なる外道なんですけどね・・・これがなぜか笑えてしまうところが
飴村さんのすごいところなんじゃないかと。普通だったら嫌悪しか感じないシーンでしょう。
雪麿にしても、間宮にしても、最初はただただ嫌悪感しか覚えないキャラなのに、読んでいると
どこか憎めないところも持っていて、妙に人間くさくて、完全に悪役になりきっていない辺り、
キャラ造詣が巧いなぁと感じますね。

エグいしキモいし、到底人にお薦め出来ないような世界なのに、この面白さは何なんでしょう。
今回も三部構成ですが、完成度は前作よりもずっと高いですね。前作では最後の章でガッカリした
ところがあったのですが、今回は逆に最終章の出来の良さで評価がぐっと上がりました。でも、
この間のトークショーで飴村さん、この作品をミステリとして書いてはいなかったとおっしゃって
いました。読み終えてみて愕然。これが偶然に書かれたものだとは。これがミステリとして評価
されたので、新作の『粘膜兄弟』はミステリを意識して書いたのだそうです。本書とのリンクも
あるそうなので、またこの粘膜世界に浸れるのが楽しみです。でも、ちょっと時間は置きたいかも(笑)。