ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

大崎梢/「背表紙は歌う」/東京創元社刊

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大崎梢さんの「背表紙は歌う」。

「とある地方の小さな書店が経営の危機にあるらしい」よくある悲しい噂のひとつだと思っていた
が、書店営業仲間の女性がそのことを妙に気にしていて…。個性的な面々に囲まれつつ奮闘する
井辻くんは、東に西に今日も大忙し!出版社の新人営業マンの活躍を描いた、本と書店を愛する
全ての人に捧げるハートフル・ミステリ。出版社営業・井辻智紀の業務日誌シリーズ第二弾
(あらすじ抜粋)。


あらすじ手抜きですみません。久しぶりに成風堂シリーズの新刊が出たのかと思ってワクワク
していたのですが、平台はおまちかねのひつじくんシリーズの続編だったのですね。
こちらはこちらで好きなので良いのですけれど。そろそろ成風堂の方も新作出して欲しいなぁ。
大崎さんは、ご本人が元書店員さんだっただけに、こういう本屋関係の作品の方がやっぱり
読んでいて楽しいし、しっくり来る感じがする。成風堂シリーズは新刊書店で働く書店員さんが
主人公ですが、こちらのシリーズは書店と出版社を行き来する営業さんが主人公。どちらも本を
愛する点では共通していますが、お仕事内容は全く違う(当たり前か)。本好きとしては、書店
や出版業界の内情が伺い知れるこういう作品は、やっぱり読んでいてとても楽しい。客として
書店に足を運ぶ側、読者として本を読む側の人間からすると、本を巡る業界のお仕事って、謎に
満ちているし、興味津々。賞レースの裏側なんかは、良く作家のエッセイなんかに書かれていますが、
販促としてのサイン本の裏側事情や新刊を出した時の帯の推薦文の成り立ちなんかは今回
初めて知りました。こういう流れがあるんですねー。前作でも思ったけれど、各出版社の
営業同士の横の繋がりが割と深いのが面白い。実際もそうなのかな。営業同士で食事に行ったり、
飲みに行ったり、情報交換している姿がなんだか微笑ましい。競争相手でもあるんでしょうけど、
同じ出版業界に働く人間として、不況の出版業界の活性化という最終目的は一緒だからかな。
佐伯書店の真柴とひつじ君のやり取りが好き。相変わらず真柴の「ひつじくん」の呼びかけに
律儀に「井辻です」といちいち訂正するひつじくんにウケました(笑)。まだ諦めてなかった
のか(苦笑)。ひつじくんを始めとする、営業さんたちの本を愛する気持ちが伝わって来る
ところがいいですね。そりゃ、中には本を読まない営業さんもたくさんいるのでしょうけど、
自分の出版社からいい本を出したい、売れて欲しいという思いは、どんな営業さんも持っている
ものなのではないかな。

前作に出て来た作家さんやエピソードがちょこちょこ挟まれているのも嬉しい。前作で渋くて
素敵だなーと思っていた作家の津波沢先生が今回は賞レースにノミネート。各出版社の発表
までの流れなんかがよくわかりました。担当編集者としたら、発表まではもうドキドキなんで
しょうね~。弱小出版社からのノミネートだったら、受賞するしないで会社の存続すら左右
するとは。出版業界はどこも不況だから、賞みたいな話題性のあるものに取り上げられることは
売上の面でとても重要なんですね。結局、どの作家が受賞したんでしょうねぇ。次の話でも
それについては触れられていないから、読者に想像を委ねるってことなんでしょう。津波
先生が受賞してて欲しいけれど・・・どうなんでしょうね。

そして、嬉しいのはやっぱり、ラストの書き下ろし。前作でも成風堂のあの女性がちらりと
出てきましたが、今回もニクイ登場の仕方で。もう、彼女がにんまりしながらなぞなぞを
作っている姿が頭に浮かんでこちらまで嬉しくなってしまいました。相変わらずひつじくんとの
接点はないままだけれど、前作と今回の件で間違いなく彼女の存在はひつじくんの中に植えつけ
られた筈。そのうち二人が邂逅する日は来るでしょうか。来て欲しいな。

ミステリとしては相変わらずゆるすぎる位ゆるくて、拍子抜けするような結末ばかりでは
あるのですが、本好きとしてこういう題材ってだけでも十分楽しく読めました。新人営業の
ひつじくんがいろんな問題に直面する度に悩み戸惑いながらも、真摯にそれを解決して成長
していく姿が爽やかでした。すっかり忘れていたけど、あのマニアックな趣味は相変わらず
健在のようで。表題作(『背表紙は笑う』)の冒頭で、ベテラン営業ウーマンの久保田さん
相手にその趣味のことを夢中になって熱く語るひつじ君がなんだか微笑ましくて、ほんわかして
しまった。夢中になれる趣味があるって幸せなことですよね。それを語る相手がいることも。
彼の拘りの『作品』の実物が見てみたいなぁ。それがひつじくんの『ロマン』なんだろうね。
気軽に楽しめる日常の謎系ミステリ。本や書店が好きな人には是非オススメしたいですね。