ミステリ読書録

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佐藤多佳子/「聖夜」/文藝春秋刊

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佐藤多佳子さんの「聖夜」。

『第二音楽室』に続く“School and Music”シリーズはオルガン部が舞台。もの
ごころつく前から教会の鍵盤に親しんだ鳴海は、幼い自分を捨てた母への複雑な感情と聖職者として
の矩(のり)を決してこえない父への苛立ちから、屈折した日々を送ります。聖書に噛み付き、
ロックに心奪われ、難解なメシアンの楽曲と格闘しながら、高3の夏が過ぎ、そして聖夜。
瑞々しく濃密な少年期の終わり。闇と光が入り混じるようなメシアンの音の中で鳴海がみた
世界とは(あらすじ抜粋)。


先日読んだ第二音楽室に続く、音楽を題材にした青春小説第二弾。今回は長編で、主人公が
高校三年生の少年。牧師の父とピアニストの母を持ったことから、幼い頃から教会の鍵盤に
慣れ親しんで来た鳴海一哉は、高校でオルガン部に入ります。キャリアの関係で、他の生徒
より飛び抜けて上手く弾ける一哉は、9月の文化祭のコンサートで難解と言われるメシアン
挑戦することになります。これが実力者の一哉を持ってしても一筋縄ではいかない難曲で、
一哉は軽い気持ちでメシアンという希望を出したことを何度も後悔することに。さて、当日の
出来はどうなるのか、というのが大筋。当日の一哉の行動には正直ガッカリ。けれども、幼少期
の母親から受けた仕打ちがトラウマとなり、ひねくれた性格に育ってしまった少年の内面の
葛藤や鬱屈した心情がリアルに描かれ、当日になって目の前の誘惑に負けて、いろんなことから
逃げたくなってしまった複雑な心の動きは理解出来ました。リーダーとしては取り返しのつかない
ことをしてしまったけれど、その時じゃなければ体験出来なかった、新しい音楽と触れ合うことも
出来た。一つを捨てて、一つを得る。人生って、そういうことの積み重ねなんじゃないかなって
思う。一哉が恵まれているのは、その時に弾きそこねたメシアンを、もう一度弾く機会を得た
ことと、父と祖母、良き理解者である家族がいたことと、一哉の身の上を心から心配してくれる
部の仲間がいたこと。普通だったら、一哉のしたことはただただ、責められて然るべきなのにね。
でも、多分、この無責任な行動がきっかけで父親の本当の思いを聞くことが出来た訳だし、母親
の真実も知ることが出来た。きっと、これがなければ、この先もずっと両親へのわだかまり
消えることなく、もっと鬱屈した人間になっていたかもしれません。きっと、この過ちが一哉の
成長には必要だったのでしょうね。彼が少しだけ心の成長を遂げ、難曲であるメシアンと向きあう
様子が清々しかったです。特に、ラストのパイプオルガンで弾くメシアンのシーンの臨場感が
素晴らしい。曲を精一杯解釈し、大事に大事に弾いて行く一哉のメシアン。一体どんな曲なんだろう、
とすごく聴いてみたくなりました。弾く側の想いと曲とが一体化して、音楽の素晴らしさを伝えて
くれているように感じました。やっぱり、佐藤さんは文章が抜群に上手いと思う。スポーツものを
書かせても上手いけれど、音楽ものも佐藤さんの文章にはぴったりですね。

天野さんとの関係も好きだったな。恋愛感情の一歩手前って感じの、微妙な関係が良かった。
まぁ、本人はそう思ってないみたいだけど、私には完全に恋愛感情になってるように思いました
けれど(苦笑)。この先二人の関係がどう変化していくのかが気になります。
深井君との友情関係も良かったですね。大学に入ったら二人で本当にバンドを組むことに
なるんでしょうか。一哉はほんとに作曲の才能がありそうだから、将来ほんとに有名なバンドに
なっちゃったりして(笑)。

オルガンの薀蓄なんかも勉強になりました。強弱がつけられないとか。オルガン自体はポピュラーな
楽器ですが、あまり小説なんかで取り上げられることはないですから。小学校の時の音楽室に
あって、弾いたこともありますけどね~。パイプオルガンの音って、やっぱり学校にあるような
オルガンとは全然違いますよね。作中にパイプオルガンの音が鳴る原理なんかも出て来ますが、
へーって感じでした(即行忘れると思うけど^^;)。

前半はひねくれた一哉の内面心理に若干ムカムカしたところもあったのですが、男子高校生の
複雑な心理描写の細やかさや、終盤のオルガン演奏の臨場感などは、さすがの筆力だなぁと
感心させられました。
ところで、お母さんの手紙には一体どんなことが書いてあったのでしょうか。遠く離れた息子への
想いが溢れた愛情のこもった手紙なんでしょうね。いつか母子が再会する日が来るといいな。

一作目とはまた違った角度から書かれた音楽小説で、こちらも十分楽しく読めました。
構想にはあるという、三作目が書かれることを心待ちにしたいと思います。