ミステリ読書録

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近藤史恵/「三つの名を持つ犬」/徳間書店刊

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近藤史恵さんの「三つの名を持つ犬」。

売れないモデルの草間都にとって、愛犬エルはかけがえのない存在だった。一人暮らしの孤独を
癒してくれるだけでなく、エルとの生活を綴ったブログが人気を集め、ようやく仕事が入り始めた
のだ。だが、ある日エルは死んでしまう。エルの死によって仕事を失うことを恐れた都の前にエル
そっくりな犬が現れたとき、思わず都は…。人ゆえの脆さと犬への情愛ゆえに、大きな罪を背負った
都を救うのは誰?大藪賞受賞作家が描く、切なくも美しいミステリー(あらすじ抜粋)。


近藤さんの新刊。ちょっと淋しげな犬の表紙が可愛らしいです。タイトルと表紙の通り、犬が
メインの話なのは間違いないのですが、どちらかというと、愛犬家であるが故に犯罪に手を染めて
しまった一人の女性の転落人生を描いた心理ミステリーって感じでしょうか。相変わらず読み
やすいのでページがさくさく進み、ぐいぐい引き込まれましたが、正直ミステリーとしての出来は
あまり良いとは言えないかなぁ。終盤のあっけない展開にはちょっとガッカリ。そこまで引っ張った
のは何だったの、という幕引きだったので、かなり肩透かしな感じがしました。都の○○という
結末にするのだったら、もうちょっとそこに至る都の内面描写まで描いて欲しかった。途中から
視点が詐欺行為で糊口を凌ぐ江口に変わってしまったので、都が何故その結論にたどり着いたの
かが全然わからないんですよね。どこで考えが変わったのか、というのが。もう精神的に限界に
来ていて追い詰められて・・・ってことなのかもしれませんが。○○する犯罪者ってのは、みんな
そんな心理状態になるのかもしれないですけど。でも、江口サイドで都への危険をあれだけ意味深に
描いて来た挙句に、あの結末だったので・・・もちろん、直接危険が及ばなくてほっとしたところも
あったんですけどね。ミステリー小説として、このぬるい結末でいいのかと反問したくなって
しまいました。『砂漠の悪魔』みたいな一撃必殺のオチだったら、どんなに後味が悪かろうが
記憶に残るんですけどもね。もちろん、都は理由があってのこととはいえ、罪を犯した訳ですから、
この幕引きが一番、彼女がいうところの『身の丈』に合っているのでしょうけどね。

この作品で一番ビックリしたのは、何といっても、殺された橋本の妻・千鶴の行動でしょうね。
都の部屋に上がりこんで、フリーザーを確かめた時の彼女の反応には驚きを通り越して唖然。いくら
夫に愛想が尽きていたとはいえ、そこまで冷静な対応が出来るもの!?若くして会社のトップに立つ
人間は、これくらいの冷血でいなければ勤まらないってことなのかなぁ。私だったら、愛人と
こんな風に協力関係になるなんて絶対嫌だけど。女って怖い・・・(自分の性別は棚上げ)。

江口は最初嫌悪しか感じないキャラだったけど、彼視点で語られて行くうちに、本質は優しい人間
なんだろうな、というのがわかって来て、だんだん印象は良くなりました。でも、人間として、
この手の、ダメとわかっていても楽な方に流れて、結果自分の首を締めるような、どうしようもない
タイプはやっぱり軽蔑してしまいます。彼はまだ詐欺をする行為に疑問を覚えながらやっているから
ましだけど、友達の篤は詐欺行為を全く悪いことと思わず抵抗なくやっているから救いがないですね。
就職先がないから、自分は一流大学出じゃないから、と何の努力もしないで言い訳ばかりして
美味しい話に飛びつき、悪いことに手を染める。そのくせ小心者で、上からの指示がないと何も
出来ない臆病者。世の中の詐欺グループの下っ端はみんなこんなタイプが担っているのかもしれ
ません。いかにもステロタイプの下っ端悪役そのまんまで、安易なキャラ造形にも感じるものの、
その分リアリティはあるのかも。

ヒロインの都も最初は全然好感持てなかったです。特に、大事な愛犬を亡くした後の彼女の行動は、
切羽詰った状況とはいえ、あまりにも自分勝手だと思いました。自分の犬が同じことをされたら
どう思うのか。そこにあるのは『相手はホームレスだから』という奢り高ぶった差別意識に他ならず。
自分の犬に対する飼い主の想いは同じ筈なのにね。私は犬を飼ったことがないから、こんな風に
偉そうに言う資格もないとは思うんですけどね。でも、都は飼い主にとって自分の犬がどれだけ
大切かわかっている立場にいるだけに、自分の保身の為にこんな行動には出て欲しくなかったです。
でも、連れ去った後、罪を犯しすべてを失って、ササミ(ナナ)だけを拠り所に生きている都の姿
は、なんだかとても哀れで寂しそうで同情しそうになってしまったのですが。

でも、一番可哀想なのは、人間のエゴに振り回されて飼い主を三度も変わらされたササミなのかも
しれません。江口とササミが都と再会して幸せになれる日は来るのかな・・・。都が改心した江口の
良さに気付いてくれると良いのですけれどね。


『号泣ミステリー』と謳われているようですが、個人的には全く泣けなかったです^^;犬好き
なら泣けるって結末でもないですしね。ミステリーとしては、ペット火葬車で焼いたアレが実は
アレだったって部分がキモなんでしょうが。そこは別に泣きどころじゃないよねぇ・・・。

うーん。近藤さんにしてはオチに毒もないし、ちょっと物足りない読後感だったかな。
読みやすいし、面白く読んだのは間違いないんですけどもね^^;
写真はもちろん、ササミ(ナナ)でしょうね。彼女は三つの名前、どれで呼ばれた時が一番幸せ
だったんだろうか。
犬の幸せも飼い主次第、ですよね。