ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

道尾秀介/「水の柩」/講談社刊

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道尾秀介さんの「水の柩」。

老舗旅館の長男、中学校二年生の逸夫は、自分が“普通”で退屈なことを嘆いていた。同級生の敦子
は両親が離婚、級友からいじめを受け、誰より“普通”を欲していた。文化祭をきっかけに、二人は
言葉を交わすようになる。「タイムカプセルの手紙、いっしょに取り替えない?」敦子の頼みが、
逸夫の世界を急に色付け始める。だが、少女には秘めた決意があった。逸夫の家族が抱える、湖に
沈んだ秘密とは。大切な人たちの中で、少年には何ができるのか(あらすじ抜粋)。


我らがミッチー、最新刊。予定では今月の三月発売の筈でしたが、諸事情があったのか、随分と
伸びましたね。年末のランキング本には反映されるんですかね。来年度になるのかな。
まぁ、どっちにしろ、ミステリランキングに入るような作品ではない気もしますが。いや、ミステリ
といえば、ミステリ・・・と言えなくもないんでしょうけども、私が道尾さんに期待している
派手などんでん返しのミステリではなかったですね。どちらかというと、ここ数作の作風を踏襲
した、人間心理中心のヒューマンドラマ小説って感じでしょうか。なんとなく、読んでいて、
この間読んだ辻村深月さんの『水底フェスタ』と所々被ってる感じがしたんですけど(ストーリー
自体は全く違うのですが)。でも、あちらは個人的に結末が納得行かないところがあって、読後
もやもやしたのですが、こちらは最後に希望が見えるラストで良かったです。

それにしても、心理描写の巧さにはますます磨きがかかりましたね。道尾さん、一作ごとに文章
巧くなってるなぁってしみじみ思いながら読みました。
主人公逸夫が抱える『普通である』ことに対する鬱屈や、同級生の敦子に対する複雑な想い、
祖母のいくとの微妙な距離感と、変わってしまった後の彼女への心配と後悔、どれもが胸に
痛いくらい迫ってきて、読んでいて切なかったです。辻村さんの主人公の少年にはちっとも
好感持てなかったのですが(^^;)、こちらの逸夫君は鬱屈を抱えながらも、根はとても素直で
良い子なので、敦子のこともいくのことも、なんとかしてあげたいと必死で頑張る姿が健気で、
応援してあげたくなりました。
特に、いくがあることをきっかけに、以前の明るさを失ってからの彼の後悔や、嘘をついたことが
父親にばれた時の真実が言えないことに対するもどかしさや苛立ちなんかの描写が本当に巧くて、
逸夫の気持ちがダイレクトに伝わって来て、読んでいてこちらまで胸が締め付けられるような
気持ちに囚われました。敦子のいじめに対する絶望も、胸が痛かった。

残念なのは、終盤の展開がほとんど途中から読めてしまったところ。道尾さんなら、もう一捻り
あるかなぁと思っていたのだけど、割と想像した通りだったので拍子抜けだったかも。ただ、
想像通りでほっとしたところもあったので、物語としての展開は好きなんですけどね。こうなって
欲しいな、と思った展開ではあったので。ある人物に関してなのですが。その部分がこの作品の
最大の『騙し』の部分だと思うんですけど。少しづつ時系列をずらして書いたり、道尾さんらしい
小技で巧く構成されてるとは思うんですけど。読めちゃう人は読めちゃうかも^^;
敦子がタイムカプセルを掘り返して本当にしたかったことも、もうちょっと何か大きな謎が
隠されているかと期待していたので、こちらもさしたる盛り上がりがなくて拍子抜け。道尾
さんに対する『騙し』の期待が大きすぎるのがいけないんですかね^^;

ほんとに、心理方面での描写力は、デビュー作から比べると別人のように上達しているなぁって
感じますね。以前はミステリ的な技巧第一だったところを、人間心理の面が重視されるように
なったことで、作家としての技量自体が高くなっているのではないでしょうか。
ただ、その分ミステリ部分がないがしろにされている感じをどうしても受けてしまう所が、
ファンとしては辛いところですが・・・。

でも、作品としては良かったと思います。人間の抱える孤独と絶望、そこからの脱却と再生。
終始暗いトーンの作品ですが、ラストは希望が見えて読後感は悪くなかったです。色彩感覚
豊かな情景描写も美しかったですね。
直木賞作家としての矜持を感じる一作だと思いました。