ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

薬丸岳/「神の子 上下」/光文社刊

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薬丸岳さんの「神の子 上下」。

殺人事件の容疑者として逮捕された少年には、戸籍がなかった。十八歳くらいだと推定され、「町田博史」
と名付けられた少年は、少年院入所時の知能検査でIQ161以上を記録する。法務教官の内藤は、町田が何を
考えているか読めず、彼が入所したことによって院内に起こった不協和音に頭を悩ませていた。やがて、
何人かの少年を巻きこんだ脱走事件の発生によって、事態は意外な展開を見せる……。
おまえは何を望んでいるんだ? どうすればおまえの苦しみは少しでも癒やされる?(紹介文抜粋)


薬丸さんの最新作。上下巻併せて900ページを超える長編ですが、全く長さを感じませんでした。
引きこまれてぐいぐいとページが進んでしまった。さすがに日数はそこそこかかったけれど(以前の私
なら二日で上下巻読みきっていたかも)。
複数の視点から物語は進んで行きますが、中心となる人物は18歳まで戸籍がなく、ある組織で
振り込め詐欺などの犯罪をしながら天涯孤独で生きてきた少年、町田博史。彼は、生まれてから
一度も学校に行ったことがないにも関わらず、天才的な頭脳を持っていました。彼が所属する組織の
トップ室井は、そんな彼の頭脳に惚れ込み、彼を手元に置こうとします。けれども、町田はある日
殺人事件を起こして少年院に入れられてしまいます。室井は、彼を再び手に入れる為、手下の
一人である雨宮に知的障害者のふりをさせて少年院に入所させた上で町田に近づかせ、彼の心に
取り行って少年院からの脱走を企てさせます。その結果が、町田の運命も雨宮の運命も大きく
変わることに・・・と、上巻はこんな感じ。下巻は下巻で大きな展開が待ち受けている訳なのですが。
正直、思っていた方向とは全然違う展開になりましたねぇ。最後は、町田と室井の派手な攻防戦が
繰り広げられるのだと思っていたので、かなりドキドキしながら読んでいたのだけど。多分多くの
人がそう思っていたのじゃないかなぁ。そういう意味では、終盤の展開は何とも肩透かしな印象を
受けたとも言えます。ただ、私はそれほどガッカリしなかったです。それよりも、町田が
思った以上に人間的な感情を身につけていたことが嬉しかった。一見冷酷非情なようでいても、
実は彼が非常に情に篤い人間だということは、最初の段階から仄めかされてはいたのだけど。でも、
実際のところはどうなのか、最後まで半信半疑なところもあったので。なんせ、エピローグの章以外は
すべて他の人の視点から物語が進む形で、客観的な視点からしか彼のことが書かれていないので。
でも、口では冷たい態度を取っていても、行動はいつも誰にでも誠実で優しかったのは間違いない訳で。
いろんな人物の視点から語られる話なので、実際町田の登場シーンって実はそんなに多くない。なのに、
間違いなく、これは彼を中心にした物語であり、物語が進むにつれて、どんどん彼に惹かれて行く
話でもありました。最初は振り込め詐欺なんかやってるし、感情が全く表に出ないで何考えてるか
わからないし、あまり好感が持てるとは云えない印象だったんですが。
終盤、楓を助けに行くシーンのかっこよさったら・・・!!!何百ページも物語から姿を消してたかと
思ったら、最後にいきなり颯爽と現れてヒーローになっちゃうのだから、目が点になりましたよ(苦笑)。
読書メーターの感想見てたら、下巻で失速とか尻すぼみとか、そんな感想が目立ったのだけど、
私は結構あのベタな展開が好きだったな。室井との対面のシーンは、さすがに私も拍子抜けした
ところはあったけど・・・^^;あの、日本のフィクサーたちとやりあった時点が室井の人生の頂点
だったのかもしれないですね・・・なんだか、彼が哀れにも思えて少しやりきれなかったです。

途中、雨宮視点の時は、大分彼に感情移入してしまいました。最初の少年院時代は印象最悪でした
けどね^^;ホームレスになって、スギさんとミノル捜しをしていた時が彼にとっては一番楽しく
穏やかな時間だったのかも・・・と思うと、なんだか切ない。雨宮も、姉のことはもっと早く
ふっきって、新しい人生を歩めたら良かったのに・・・。雨宮の「やり直したい」という思いが
報われなかったことが悲しかったです。

楓も、最初の印象はあまりよくなかったのだけど、彼女の町田への想いが強くなるに従って、彼女
に対する印象も良い方向に変わって行きました。いくら好きな人の為とはいえ、あそこまで
自分の身を危険に晒して行動するって、なかなか出来ないと思うなぁ。彼女の芯の強さにぐっと
来ました。ただ、若い女の子が、夜中にホームレスのねぐらに行くのは、いくら何でも無謀だ、と
叱り飛ばしたくなりましたけどね^^;
エピローグの感じだと、町田といい感じになりそうですよね~。楓のひたむきさに、町田の心も
溶かされて行ったのかな。そうだといいな。

薬丸さんが書きたかったのって、どんな人間も、周りの人次第で変われるってことなんでしょうね。
町田もそうだし、磯貝もそうだし。どん底人生でも、周りの人の支えがあって、自分の意識が
変われば、光が見えて来る。自分が幸せでなければ、他人を幸せに出来ない。全くそうだと思う。
自分が不幸な時って、他人に何かしてあげようとか思う余裕がないもの。
大きな力に飲み込まれそうだった町田の人生が心配だったけど、ラストは彼自身の力で明るい
方向に向かう結末で良かったです。稔とのラストも嬉しかったな。
ひとつ、磯貝がその後彼女と再会出来たのかが気になるところだけど。
町田がこれからどんな人生を歩むのかも、見てみたいなぁ。幸せであれ、と願います。
今までの薬丸作品とはまた全然違ったけど、私はすごく面白かったです。