ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

加納朋子「トオリヌケキンシ」/下村敦史「闇に香る嘘」

どうもこんばんは。寒くなってきましたね~。
我が家は早々にこたつを出しました。一度入ると出られない魔の空間・・・。
今年の冬は暖冬って噂があるんですが、本当なんですかねぇ。
去年も同じようなこと言ってて、大雪が降ったりしていたからなぁ・・・またそう
なりそうな気も^^;


読了本は二冊。一冊づつ感想を。


加納朋子「トオリヌケキンシ」(文藝春秋
大好きな加納さんの最新作。加納さんの作品が出る度に、新作が読める幸せを噛み
締めてしまいます。今回の作品は、ご自身の辛い体験があったからこそ、書けた
作品ばかりなのではないでしょうか。特にラスト一作は・・・ついつい主人公を
加納さんと重ねて読んでしまいました。
基本的には短篇集でそれぞれに登場人物も設定もばらばらなのですが、ラストの
一篇はすべての作品とちょっとしたリンクがあって、統一感のある短篇集になって
います。そして、すべての主人公に共通しているのが、登場人物の一人が普通の
人とは違う、何らかの特徴を持っているということ。それは耳慣れない障害で
あったり、特殊な能力であったり、身体的な欠陥であったり、特別な病気であったり、とそれぞれなのですが。そうした何かを抱えていても、人は前を向いて幸せになれるのだ、ということを教えてもらったような気がしました。
どれも良かったのですが、特に好きだったのは二作目の『平穏で平凡で、幸運な人生』かな。先生が飛行機事故に遭った時はショックを受けましたが、ラストであっと驚く
事実が判明。同じような作品が道尾さんにもあったけど、ベタでもこういうラストは
大好きです。共感覚って能力はテレビとか本とかで知ってはいるけれど、何度説明
されてもピンと来ないものがありますね^^;
『フー・アー・ユー?』も好き。相貌失認ってのも、小説の中でしか知らない障害
ですが、他人の表情がわからないなんて、悲しいですね。社会に出てからも苦労
しそう・・・こういう人は、個人でやるような仕事に就くしかないのかしらね。
説明しても、なかなか他の人には理解してもらえそうにないような。
『空蝉』は、読んでいるのが辛かったです。幼い男の子が経験するには、あまりにも
恐ろしい出来事の数々。ただ、いくら病気でも、そんなに人格が変わってしまうもの
なのかなぁ、と若干疑問には感じましたけど・・・病気って怖いですね・・・。
ミートボールのくだりは、想像するだけでも私でもトラウマになりそうでした
(><)。
ラストの『この出口の無い、閉ざされた部屋で』は、先に述べたように、どうしても
主人公が加納さんとダブってしまって、辛い気持ちになりました。主人公がいる
場所は、早い段階で見当がついてしまうと思います。それだけに、その後の展開が
予想出来てしまって・・・。ミナノさんのことがつらすぎました・・・。加納さんも
一歩間違っていたらそうなっていたかもしれないって考えただけで、胸がつまり
ました。彼女の手紙が胸に突き刺さって来て悲しかったです。狂おしいくらい
情熱的な恋文。もっと違う状況で主人公に渡して欲しかったです・・・。
世界がどんなに不条理で不平等でも、生き残った人は前を向いて行かなければ
ならないのでしょう。
先に逝った人々の想いを継いで。それが加納さんご自身からの、偽りないメッセージ
なのかな、と思いました。
加納さんの作品はやっぱり素敵だなぁ。今回もとても良かったです。


下村敦史「闇に香る嘘」(講談社
記念すべき第60回江戸川乱歩賞受賞作。乱歩賞は最近ほとんどスルーしてる作品
ばっかりだったのですが、今回の作品は有栖川さん、京極さん絶賛という評価を
聞いて、これは読まねば!と思って予約してみました。
全盲の村上和久は、シングルマザーの娘から、腎不全の孫夏帆の為に腎臓を提供して
欲しいと頼まれ検査を受けますが、不適合と判断されてしまいます。夏帆に腎臓を
提供出来る残された六親等以内の血族は、遠く実家に離れた実兄のみ。
和久は、兄を頼って実家へ赴き、夏帆の為に腎臓提供してもらえないかと頼みます。
けれども、兄の返事は芳しくない。検査すら受けたがらない兄を不審に思った和久は、
中国残留孤児だった兄は、もしかしたら実の兄ではないのではないかと疑い始めます。兄が永住帰国した際、自分はすでに全盲であり、兄の不正に気づけなかったのかも
しれない。そして、血の繋がりがないから検査を受けたくないのかもしれなと・・・。もし、兄が偽物であったなら、本物の兄を探して腎臓を提供してもらえるかもしれ
ないと考えた和久は、兄のことを調べ始めます。その過程で、不審な出来事が起こり
始め・・・というのが大筋。

 

うん、絶賛の理由がよくわかる作品でしたね~。私は乱歩賞作品ってそんなに数
読んでる訳じゃないんですが、読んだ中でもトップクラスの出来じゃないでしょうか。
主人公が盲目の老人ってだけでも主役として据えるにはどうなんだ、と思う設定
なのですが、これが実に作品の中に生きている。盲目の人物からの視点なので、
会話するすべての人の言葉に疑心暗鬼になる主人公の心の動きが非常にリアルに
迫って来ます。そして、細かく張られた伏線が最後にきっちりと回収されて行く
過程が素晴らしい。ラストで世界がひっくり返るところも実に見事。文章には
まだまだぎこちなさみたいなものも感じたのですが、テーマの割には全く読み
にくさがなく、ぐいぐいと読者を引っ張るリーダビリティもあって、新人離れして
いるなぁ、と感心させられました。聞けば、作者は乱歩賞チャレンジも9度目
なのだとか(最終候補に残ったのはそのうち5回だそう)。執念の受賞、って感じ
でしょうか。今まで受賞出来なかったのが不思議なくらい、こなれた書き手のように
感じました。
ただ、人物造形の点ではいまひとつ魅力に欠けるところはあったかな。老人が
主人公ってのが悪いとは思わないし、中国残留孤児を取り上げた時点で必然な設定
だとも思うのだけど。
終盤は大分印象が変わったとはいえ、そこまでは偏屈な性格の主人公にいまひとつ
好感が持てず、引っかかる言動が多かったです。脇役キャラも、総じて全体的に
薄い印象を受けました。
とはいえ、主人公が家族の絆の深さと大事さに気付く終盤は感動的。主人公が感じて
いた悪意がそうではなかったと気づけたことで、彼はとても大切な何かを得ることが
出来たのだと思います。
特に、和久の母の、子を思う気持ちの強さにぐっと来たなぁ。親は、どんなに
年老いても、子供の幸せだけを考えて生きているのでしょうね・・・。母が歌う
子供の病気平癒を願う羽根つき歌のくだりには、母の子への無償の愛に胸が苦しく
なりました。
主人公に送られて来る俳句の真相は若干肩透かしに感じたところもありました。
点字の特性を生かした暗号解読のくだりは良く出来ていて面白かったですけれど。
全盲の主人公の視点から語られるので、終始非常にスリリングで緊迫感がありました。暗闇の中で吹雪の中取り残されたら・・・水中に落とされたら・・・道路を歩いて
いて突き飛ばされたら・・・どれもが、凄まじい恐怖に満ちていました。見えない
ということが、これほどに恐怖感を募らせるものなのか。主人公が、現在は全盲
とはいえ、以前は普通に見えていた、という設定も巧い。
以前の『見えていた』感覚を知っているからこそ、現在の見えない状況の恐怖が
真に迫って来るのです。
主人公が『見えない』からこそ、のトリックがふんだんに使われていて、唸らされ
ました。
全盲の人に対して、目が見える人のことを晴眼者と呼ぶのですね。初めて知りました。普通に目が見えることって、本当に幸せなことなんだなぁ。本書を読んで、全盲
人の闇を覗いた気持ちになりました。
久しぶりに読み応えのある乱歩賞を読んだ感じがしました。
デビュー作でこの水準なら上出来じゃないでしょうか。二作目の評価で作家としての
真価が問われるでしょうが、是非頑張って頂きたいですね。今後の活躍に期待したい
です。