ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

伊坂幸太郎「火星に住むつもりかい?」/京極夏彦「鬼談」

どうもこんばんは。春の天気は移ろいやすいといいますが、ほんとに
毎日天気の変動が激しいですね。みなさま、ご体調崩されてませんでしょうか。


今回も読了本は二冊。大好きな作家の二冊ですが・・・。
では、一冊づつ感想を。



伊坂幸太郎「火星に住むつもりかい?」(光文社)
不条理で不愉快でこの上もなく厭な話、としか言いようがなかったなぁ。伊坂さんが、一番
厭で怖いと思っていることを敢えて物語にしているというのはわかる。わかるんだけど、
それを延々と読まされる方はたまったものじゃないって思う。なんでわざわざこんな
嫌悪感しか覚えない話を書くのかなぁ。伊坂さんご自身が、もしこういう世界があったら
怖くて怖くて仕方がないから、敢えて書くのだろうとは思うけれども、わざわざその
恐怖を物語にする必要があるんだろうか。別に一般読者にまでその恐怖を感染させようと
しなくても。
・・・と、読んでる最中は延々伊坂さんへの恨み節を吐きつつページを進めていた気が
します。
だって、ほんとに前半は、不条理で不快な描写ばかりが延々と続くのですもの。
舞台は、平和警察が権力を握る架空の日本。危険人物と見做された一般市民を連行
しては、無実だろうがそうでなかろうが関係なく拷問による自白を引き出し、公開処刑する。
そのやり方は非情で卑劣極まりないもの。市民を守り法を順守すべき警察が、権力を
振りかざして罪のない市民を恐怖に陥れる。一体、彼らは何がしたいのだろう、と
理解不能でした。ターゲットになった『危険人物』がいたら、ネットを使って
不穏な噂を流し、その噂を大義名分にして強制的に連行し拷問する。何ひとつ、悪いことを
していないのに、卑劣な平和警察の拷問に屈して処刑される人々。その処刑を市民たちは
お祭り気分で見学。こんな、不条理な世界では、何が正義で何が悪なのか、
全く判断ができなくなってしまう。こんな理不尽な世界があっていいのだろうか。
もう、怖くて仕方がなかったです。なんで、こんなことがまかり通ってしまうのか。
なぜこんな世の中になってしまったのか。
そんな平和警察に対して立ち上がった男がいました。平和警察の餌食になった人々を
救い始めたのです。そこで、平和警察ではその『正義の味方』を炙り出す方法を模索
し始める――というのが大筋。
この、正義の味方は誰なのか、というのは、割合早い段階でわかってしまいます。
最初のうちはミスリードさせるような描写も出て来て、私も振り回されていたの
だけれど。ああ、そっちだったのかぁと驚かされました。全く、予想外の人物
だったので。
あと、正義の味方が救おうとしている人物はどうやって選ばれているのか?という点
も、ランダムに選ばれていた訳ではなく、きちんと彼なりの法則がありました。
正義の味方といっても、スーパーヒーローのように全員を助けられる訳ではなく、
助けられる人間にも限りがある、というところが妙にリアルでした。不条理に
捕らえられた人全員が救われる話だったら、もっと荒唐無稽に感じていたかも
しれないです。冒頭の方で、『中途半端な正義は身を滅ぼす』という言葉が出て
来るのだけれど、正義の味方も終盤でそれに近い状態に陥ってしまうところが、
なんだか皮肉だな、と思いました。でも、最終的には、その正義が世界を変える
きっかけになる訳だから、中途半端だろうが何だろうが、善意の正義には
ちゃんと意味があるって思えて嬉しかったです。
正義の味方の武器には意表をつかれたなぁ。こういうものが武器になる、という
発想自体がすごいな、とも思いましたし。
最後は胸がすく展開とも云えるし、細かい伏線が効いてくる、伊坂さんらしい
非情に緻密な構成になっているとも云えるのだけれど、やっぱり話自体は
最後まで好きにはなれなかったな。薬師寺に関してはスカッとしましたけどね。
でも、ある人物の働きのおかげで、今後はこの不条理な世界が少しは変わって
行くのかもしれない、と思えるラストではあったので、そこは良かったかな。
その人物に関しては、途中でかなりのショッキングな展開になるので、まさか
こういう結末になるとは思わなかったです。何かありそうだなーと疑う
気持ちもなくはなかったのですが、伊坂さんって、重要な人物でも結構あっさり
切り捨てたりするところがあるかなぁと納得しちゃったところもあって。
いいキャラクターだとは思っていたけど、いい人なのか悪い人なのかいまいち
判断つかない得体の知れなさがあったので、ショッキングな展開の時も、
それほどショックは受けなかったのですけどね。
まぁ、結果的には良かったです。

だいたいの人物がろくでもない人間ばっかだったので、あんまり今回はお気に入りの
キャラっていなかったのだけど(正義の味方だって、さほど好感もてた訳でもないし)、
唯一伊坂さんらしくっていいなぁと思ったのが、煎餅屋の社長。こんなお人好し
いるか!?ってツッコミを入れたくなった程、いい人物でしたね。この社長だけは、
平和警察の餌食になってほしくない、と願いながら読んでましたねぇ。

面白くなかった訳では決してないのだけど。なんか、個人的に伊坂さんの
テーマ性の重いものってあまり好きじゃなくって。
もっと、エンタメ色の強い作品が読みたいなぁと思ってしまった。
理不尽な話って、好きじゃないんですよ。特に前半は、読んでいて辛かったです。
次は、エンタメよりのものをお願いしたいです・・・。



京極夏彦「鬼談」(角川書店
たまたま予約本を取りに図書館に行ったら、新着本コーナーに置いてあって、
置かれたばかりだったようで、ほんとにラッキーでした。翌日HPで確認したら、
8人程予約が入っていたので、あの時借りられなかったら、かなり回って来る
のに時間がかかっていたでしょうね。
この~談シリーズ、とても好きなので今回も楽しめました。
今回は『鬼』がテーマ。すべての作品にいろんな形の『鬼』が登場します。
ショートショートのようなごく短い作品も含めて9篇が収められていますが、
すべての作品のタイトルに『鬼』が入っています。
じわじわと恐怖を感じる作品が多かったですね。奇妙なお話ばかりですが、
文章が秀逸なので、どのお話もするりと入り込めてしまう分、主人公と同じ
恐怖を味わわされてしまう、という感じ。

特に印象に残ったのは、『鬼縁』『鬼慕』『鬼気』かな。どれも作中からじわり
じわりと怖いのだけど、最後でどーん、と更に突き落とされるという・・・。
『鬼縁』は、前世で父親から腕を切り落とされた記憶を持つ女性が主人公。
現実の方では優しい両親と祖父母、愛らしい弟がいて、幸せに暮らしているの
だけれど、ある日突然父親が豹変したことから、家族が壊れてしまう話。弟が
とにかく可哀想だった。そして終盤の展開に怖気が走りました。子供が二人いた
ことが、父親の悲劇だったということなのでしょうか・・・。こんな前世の記憶
ならいらないよね・・・。
『鬼慕』は、妻を亡くした男が、夫を亡くした未亡人を話をしているところ
から始まります。お互いの身の上を語り合うのだけれど、二人の話は少しづつ
重なり初めて、最後に驚愕の事実が判明します。ラストの一言が強烈。ひー(涙)。
『鬼気』は、顔を半分隠した女に追いかけられる男の話。帰宅途中でふと
気づくと、顔を半分隠した女がつねに自分の近くにいることに気付く。一度
気付いてしまうと、気になって仕方がなく、男はだんだんとその女に恐怖を感じ
て行く。一方で、男は最近父親から、母親の言動がおかしいという電話を度々
受けていた。そんな母親を受け入れられない男は、現実から顔を背けようと
しており・・・という、2つの場面が交互に出て来るのですが、最後にそれが
一つに重なるところで最大の恐怖が。また、最後にある人物が発する言葉が
怖いんだなぁ。母親の、父親に対する言動がとにかく酷くて、読んでいて
気が滅入りました。父親が優しいだけに、来るものがありましたね・・・。
認知症の怖さも、それに振り回される家族の辛さも、リアルに感じられる
作品でした。
どんな人の心にも鬼がいて、誰もが鬼になり得ると感じられる作品でした。
装幀がまた素晴らしいですね。このシリーズの装幀はいつも芸術的だけれど、
今回も内容とぴたりと合った素晴らしい出来栄えだと思いました。
タイトル字は京極さんご自身によるものかな。相変わらず達筆ですねぇ。
しかし、京極堂シリーズはどうなったのだろうか・・・ほんとにいつになったら
出るのだろう(泣)。京極さんの新作が出る度に、次こそは・・・と願うの
だけれど、結局今に至るまで実現されていないという。はぁ。