ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

北村薫「中野のお父さん」/薬丸岳「Aではない君と」

なんだか朝晩めっきり寒くなりましたね。
私的にはもうこたつを出したいくらいの気分なんですが、相方に『まだ早い』と
拒否されています・・・うう、寒いのキライ(><)。

読了本は今回も二冊です。
対照的な二冊となりました。


北村薫「中野のお父さん」(文藝春秋
とってもほのぼのとした日常の謎系ミステリ集。主人公は、出版社に勤める元体育会系
編集者の田川美希。彼女が日常で出くわしたささいな謎の数々を、話を聞いただけで
鮮やかに解決してしまうのは、定年間際の高校教師のお父さん。普段は親元を離れて
一人暮らしの美希ですが、困ったことや相談事があると、中野の実家に帰って父親の
意見を聞くのです。
8つの短編が収録されています。どれも面白かったのだけど、好きだったのは
二話目の『幻の追伸』、五話目の『冬の走者』、ラストの『数の魔術』かな。
二話目は、ある女流作家が文豪に宛てて書いた手紙の、切り取られた追伸に何が書かれて
いたのか推理するお話。お父さんが解読した、文章に隠されたメッセージにニヤリ。
私もブログで同じような仕掛けの文章を書いたことがあったっけ。
五話目は、マラソン大会に出た編集長がマラソン中にとった行動の真相に心温まりました。
よっぽどの偶然が重ならないとこううまくはいかないとは思いましたが^^;
最終話は、はずれの宝くじを盗んだ泥棒の真の目的にはっとさせられました。
こういうオチが隠されていたとは。
日常の謎系とはいえ、一作だけ殺人絡みのものも。その真相はかなりブラックで、
本好きが高じてこういう結果になってしまったという流れが、ビブリア古書堂シリーズ
とちょっと通じるものがあるな、と思いました。
とにかく、主人公とお父さんのやり取りがとっても仲が良くて素敵なのです。
普段は遠く離れて暮らしている娘が実家に帰って来ると、嬉しくて仕方がないという
お父さんがなんとも可愛らしい。けれども、現役高校教師ということで、頭は
非常に切れるし、知識もとんでもなく豊富。困っうたことは何でも父親に聞け!という
美希の気持ちも理解出来なくはないなぁと思いました。身近にこういう人がいたら
便利でしょうねぇ。このお父さんのキャラは、間違いなく北村さんご自身が反映
されているのだろうなぁ。北村さんにも娘さんがいらっしゃるのかな~。
日常の謎系ミステリは何といっても北村さんの真骨頂。円紫師匠と私のシリーズとは
また全然違った魅力に溢れた良作でした。
ぜひぜひ、シリーズ化して頂きたいですね。


薬丸岳「Aではない君と」(講談社
薬丸さんの最新作。タイトルを見て、どうしたってあの少年Aを思い出してしまったの
だけれど、あれとはまた全く違った事件を描いた作品です。
主人公は、大手の建築会社に勤める吉永圭一。仕事では新しい企画のリーダーを任され、
プライベートでは同じ企画室の美咲との交際が順調、人生は上り調子だった。しかし、突然
離婚した妻と暮らしている一人息子が同級生を殺害した容疑で逮捕されてしまう。そこから
吉永の人生は一転する。息子は、同級生を殺す直前に吉永の携帯に電話をかけていたが、
吉永はその時電話に出ることが出来なかった。もし電話に出ていたら、息子は人を殺さなかった
かもしれない。息子はなぜ人を殺したのか。
非常に重い主題です。ある日突然自分の子どもが人を殺したと告げられたら。自分が、
加害者の家族になってしまったとしたら。なぜ、息子は罪を犯したのか。吉永は、息子の翼が人を
殺したと知った時からずっとそのことを考え続けます。翼が、頑なに犯行理由を告げようとしない
ことも吉永を悩ませます。翼は、なぜか弁護士を嫌悪しているようなのだが、その理由も
わからない。離婚して遠く離れて暮らしていた息子のことを何もわかっていなかったと
悔やむ吉永の苦悩が痛いほど伝わって来て、読むのが苦しかったです。
私にはまだ子どもはいないけど、自分の子どもが犯罪者になってしまったら・・・と
考えただけで目の前が真っ暗になってしまいそうです。でも、誰だって身内が犯罪者に
なる可能性はある。その時、どこまでその相手のことを考えてあげられるのか。
世間の目を考えると、逃げ出したくなってしまうかもしれない。それでも毅然として
いられるのか・・・とても出来そうにないです・・・。吉永同様、私もマスコミからは
逃げるように生活せざるを得ないに違いないです。そう考えると・・・ほんとに、
他人事ではない話だな、と恐ろしくなりました。
翼が犯した罪は絶対に肯定出来るものではないです。でも、その背景には、彼が
罪を犯しても仕方がない理由がありました。でも、この事件で一番怖かったのは、翼が
殺人を犯したことを反省していなかったところです。彼は、自分が罪を犯したことを
自覚しているのに、裁判の最後まで自分が悪いことをしたのだとは認めなかった。
翼の本心がわからず、彼のことが理解出来ませんでした。だからこそ、彼の真意が
知りたかったです。彼の真意が知りたくて、読む手が止められませんでした。
薬丸さんの作品は、ほんとにリーダビリティが素晴らしいですね。重くて辛いテーマ
なのに、先が気になって次へ次へとページをめくっている。

罪を犯した人間は一生その罪を背負って生きなければならない。でも、吉永の息子は
生きている。体と心、どちらを殺した方が悪いのか。吉永は終盤で、翼の問いにはっきり
答えを出します。その答えに、息子への愛がすべて詰まっていて胸を打たれました。
彼ら親子はこれからも大変な人生が待ち受けていると思う。でも、最後に翼が自分の罪と
向きあえてよかったと思いました。彼の更生はそこから始まったのだと思います。

今回もいろんなことを考えさせられる作品でした。 
犯罪加害者家族の苦悩や辛さがとてもリアルに描かれていたと思います。
読み応え十分でした。