坂木司さんの「シンデレラ・ティース」。
大学２年生の叶咲子は、幼い頃の経験がトラウマになり、歯医者が大嫌いだった。
なのに、何故か母の陰謀で夏休みの間歯科医の叔父が勤める歯科医院で受付嬢のアルバイト
をするはめに。始めは嫌で嫌で仕方なかった仕事だが、個性的な歯科医やスタッフたち、
そして無口でぶっきらぼうだけれど優しい歯科技工士と接しているうちに、徐々に歯医者
への考え方が変わって来て・・・。歯科医院を舞台に繰り広げられる咲子のひと夏を綴った
連作短編集。
歯医者嫌いの咲子が、実際に歯科の現場で働くことによりその恐怖心を克服して成長して行く
様子がとても爽やかに描かれています。歯科医院での患者さんの行動がミステリとしての
核をなしているので、それぞれの謎は大したものではないけれど、その謎を解くことで
患者さんとの心の触れあいが生まれ、心地のよい読後感を与える作品でした。前回の作品
ではクリーニング店を舞台にしてて、クリーニングの薀蓄がたくさん出て来ましたが、今回は
それの歯科バージョン。普段患者として診療を受ける立場ではわからない歯科事情がたくさん
出て来ます。ただ、難しい知識というのはほとんどなく、非常にわかりやすく述べられている
ので、読む側は「なるほど、そうだったのか～」と頷けるような内容ではないでしょうか。
歯科技工士の四谷のキャラが良かったですね～。ぶっきらぼうだけど的確な意見を言い、
さりげなく優しくて指がキレイ、なんてもう、いい男の代名詞みたいな青年です！
咲子との初々しいラブロマンスもほのぼのしていて良かったです。ラストの展開はえ～～～！
と叫びたくなりましたが・・・。
以下は本書の感想から少しはずれます。嫌な方は読み飛ばして下さい。
とかく、歯科治療というのは誤解が生まれやすいものです。おそらく、この主人公咲子の
ように、小さい頃のトラウマがきっかけで歯医者が大嫌いという大人の方も多いのでは
ないかと思います。そして、恐怖心ばかりが先に立ってしまい、なかなか歯医者に行く
勇気が持てず、結局痛くなってからしぶしぶ重い腰を上げる、という方がほとんどでしょう。
かくいう私も子供の頃歯医者が大嫌いで、歯医者に行く度泣き喚き叫び暴れる最悪の子供
でした。治療してくれていたのはおじいちゃん先生で、そんな私でも優しく接してくれて
はいたのですが、当時の私は歯医者が嫌で嫌で嫌で仕方ありませんでした。そんな私が
何故か現在歯科医院に勤めています。そう、本書の咲子と全く同じ状況です。そして、
私も歯医者の仕事に携わって初めて知る知識が山ほどありました。咲子と同じ様に誤解して
いたこともあったし、勤めなければ一生知らなかったであろう大事な事実も知ることが
出来ました。
ここで声を大にして言いたいことは、歯医者は決して怖い場所ではないということ。
咲子が勤めたクリニックのように、その患者さんのことを第一に考えて真剣に
治療に取り組んでくれる歯医者が世の中にはたくさんあります。残念ながらそういう
歯医者ばかりではないのも事実ですが、きちんとリサーチしていい歯医者を見つければ、
歯科医院が痛くされる場所というばかりではないということがわかって頂ける筈です。
今は‘痛くない治療’が基本ですからね。是非とも自分に合った歯医者を見つけて
痛くなくても定期健診を受けることをお勧めします。本書に出てくる素敵な歯医者さんや
歯科衛生士さんが優しくケアしてくれるかもしれませんしね。
本書の感想からはずれましたが、歯医者というのは最も誤解を多く受けている医療機関の
一つだと思うので。
ただ、何より大事なことは、実は歯医者に行くことではありません。日々の歯磨きで
自分の歯を自分で守ることなのです。歯医者が嫌いだったら、これを実行する以外に
ありません。きちんと歯磨きできれば、虫歯になることも歯周病にかかることもほとんど
なくなりますからね。
みなさん、たまには鏡でゆっくり自分の歯を確認しながら歯磨きしてみて下さいね。
書き忘れたことがありました。本書の内容で一つ文句をつけるとしたら、咲子がバイトを
する歯科医院の患者さんの扱い方。患者さんを「お客様」と呼び、来院したら「いらっしゃい
ませ」と声をかける・・・私だったらこういう歯医者は信用できません。患者さんはあくまで
患者さん。歯医者はれっきとした医療機関です。患者さんはサービスを受ける訳ではなく
治療を受けるのですから、これはどう考えてもおかしいと首をひねらざるを得ませんでした。
ただ、最近は審美歯科なるものが流行っており、デンタルエステみたいなものまで出て
来ているので、その辺りの境界線はあいまいになっているようです。もしかしたら、坂木さん
が取材した歯医者がそういう方針だったのかもしれませんけど、私が患者だったら歯医者に
行って‘いらっしゃいませ’なんていわれたら、ちょっと嫌だなぁ。
