ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

桂望実/「県庁の星」/小学館刊

桂望実さんの「県庁の星」。

野村聡はY県県庁に勤める勤続9年目のエリート職員だ。期待の若手として、二万九千人
いる県職員の中から、Y県初の民間人事交流研修対象者六名の中に選ばれた。一年間の
民間企業研修を無事に終えた後には、確固たる職員ポストが用意されている。意気揚々と
臨んだ辞令交付式で告げられた企業は地元のスーパー。今まで書類や数字だけを頼りに仕事を
して来た典型的な役所人間である聡にとって、スーパーの仕事は慣れないことばかり。
このまま上手く一年を乗り切ることが出来るのか!?


映画を先に観てしまっていた為内容はほとんど知っていたのですが、原作と違う部分も多く、
なかなか面白く読めました。お役人気質そのものの堅物‘県庁さん’が、民間のスーパーで
慣れない仕事で四苦八苦しつつも成長して行く、というサクセスストーリー。テンポ良く進んで
行くので、読みやすいし気軽に読めます。ただ、会話文で誰の台詞がわかりにくかったりする
部分が多く、文章の面ではやや読みにくいという印象も。その後に出された「Lady,GO!」
ではあまり気にならなかったので、その辺りは大分改善されたということでしょうか。

聡や二宮が、スーパー改善を目指して少しづつ成長して行く様は読んでいて微笑ましい。
どちらのキャラも最初はとても好感が持てるタイプではなかったのですが、読んでいるうち
にだんだんと好感度が上がって、最後には愛着が湧いていました。特に二宮が息子の学と
打ち解けて行く所は良かったですね。学は複雑な家庭環境で育った割には非常に良い子。
なんだかんだいって、母親の一番良い所を見抜いているとこがいいですね。普通、母親に
こんな態度を取られたらもっと卑屈に育ちそうだけど。やはり、二宮の本質が善人という
ことなんでしょうね。
それにしても、映画で二宮役をやっていたのが柴崎コウだった為、どうしても二宮=中年子持ち
主婦の図が成立せず、最後まで違和感を感じて読んでしまった。これは原作を先に読んで
いたら絶対起こり得ないことなんでしょうけど。しかも映画では聡と二宮は恋愛関係になる
訳だし(もちろん聡は織田裕二で読んでました^^;)。映画の方が展開はドラマチック
だったかも。ただ、映画にはない細かいエピソードや、それぞれの登場人物の内面の成長の
部分など丁寧に描いているという点ではやはり原作ならではの良さがありました。

最後、スーパーの店員みんなの心が一つになるくだりはとても感動的でした。お役所とスーパー
という、自分にとってもあまり縁のないものと身近なものを結びつけた、というアイデアが秀逸。
どうしようもない状況に陥っても、違った環境で育って違った意見を持っていても、みんなで一つ
になって頑張れば何かを成し遂げられるんだ、というメッセージが込められていて、読んでいて
元気になれる作品でした。こういう、‘人と人との繋がり’を感じさせる作品はとても好き。
人間、一人だけじゃ何もできないこともある。誰かの力を借りて何かを成し遂げることの素晴らしさ、
清清しさ。そういうものを感じられる小説に出会うと、「ああ、読んでよかったな」と思います。
まぁ、聡の女難の部分はあまりにも類型的すぎかな、とも思ったのですけれどね。

映画は映画で面白かったので、原作とセットで楽しんで欲しい作品です。