ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

恩田陸/「木洩れ日に泳ぐ魚」/中央公論新社刊

恩田陸さんの「木洩れ日に泳ぐ魚」。

学生時代から数年間一緒に過ごしたアパートを引き払うことになった高橋千浩と藤本千明。
最後の夜、二人はお互いに相手にあの日のことを問いただそうとしていた。一年前に旅先で
起きた一人の男の転落事故の真相を。あの日一体何があったのか。二人の関係が決定的に
変わってしまったあの事件について、宵がふけるごとに少しづつ真実が明らかになって行く
――。


恩田さん新刊です。加納さんと一緒に回って来たので、実は他に読んでる本があったのですが
そっちをほっぽって優先的に読んでしまいました^^;

最近の恩田作品にしばしば見られる‘演劇’への傾倒。今回の作品もまさに舞台上で行われる
二人芝居の体裁でした。出演者は二人の男女。ある事件について、お互いに相手の行動を
疑っていて、探り合いの一夜が始まる。まさに心理合戦。一緒に過ごした最後の時間を、
お互いの心理を探り合うことで費やす。これは気力も体力も消耗するでしょうね。たった
一晩のことなのに、とてつもない長い時間のようにも思える。二人の微妙な感情の動きが
実に巧みに描かれていて、はらはらし通し。読んでいて、実に恩田さんらしい作品だと
思いました。この二人の関係が普通の恋人同士であったのなら、こんなに緊迫した状態には
ならないでしょうね。そして、一年前のあの事件の被害者との関係もまたしかり。
もつれていた記憶の糸が少しづつほぐれて行き、真相が明らかになって行く課程の描写は
さすがです。作品としては登場人物も少ないし、さらっと読めてしまうので記憶には残りにくいかも
しれないけれど、恩田さんの小説的技巧が凝縮された作品だと思う。ミステリとしても、珍しく
(苦笑)ほぼきちんと真相が明らかにされるので、もやもや感もあまりなかった。ただ、
100%これが真相だ!というようなものではないのが恩田さんらしいのだけれど。でも多分、
片方の人物が考えついた真相が真実と考えて良いのではないかな。ただ、この真実は私としては
あまり現実味が感じられなかった。何故突然第三者が出て来てしまうのか。その辺りの伏線は
もっとあっても良かったと思う。

お互いに牽制し合いつつ、少しづつ相手の真実を引き出してゆく会話文はいかにも戯曲っぽい。
一冊読み終えた時は、一つの舞台を見終わったような感覚でした。クライマックスもいかにも
演劇のラストっぽい演出という感じ。恩田さんの舞台もこういう感じなのかな?(うう、観に
行きたかったよぅ(>_<))。

それにしても千明は怖い女性ですね。二人とも非常に頭の回転の速い印象だけど、二人の心理合戦
は圧倒的に千明の方に分があった。ユーミンの「真珠のピアス」は私もとても印象に残っている曲
だけど、それに倣ってつけていたピアスを一つ千浩の鞄にしのばせてくる辺り、女性の強かさを
十分に見せ付けてくれた気がする。「真珠のピアス」についての考察はとても興味深かったです。
二人の関係の真実がわかった時の千明のあっさりとした心変わりにもかなり面食らいました。
やっぱり現実を突きつけられた時、いち早く冷静になれるのは女性の方ということなのかな。
この先千浩が千明ではない誰かと結婚して家庭を築いたとしても、やはり彼の心の中には千明が
い続けるんだろうと思う。逆に、千明はあっさり千浩を‘過去の人間’として扱って生きて行くの
だろうな。うむ。女性はやっぱり怖い・・・と女の私が悟ってどうする・・・^^;

装丁の可愛さとタイトルのほのぼのした雰囲気からは想像できない、人間の緊迫した心理を
描いたミステリ。すごくお薦め!とはいえないかもしれないけれど、私は恩田さんらしさが
随所に感じられて好きでした。ただ、後味の良い作品ではないかも^^;;

ところで、「きのうの世界」はどうなったんだろう?1日に発売ってネットで見かけたのだけど、
ちゃんと発売されているのかな??(本屋に行っていないので^^;)誰か教えて・・・。