ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

早瀬乱/「三年坂 火の夢」/講談社刊

早瀬乱さんの「三年坂 火の夢」。

明治三十二年、奈良の没落士族の家庭に生まれた内村実之は、この夏の高等学校入試を
控えていた。しかし、貧しい暮らしの中から学資代を出すことは難しく、就職と進学で
揺れていた。そんな中、東京の帝国大学に通っていた長男・義之が突然怪我を負い帰省
して来た。母親の希望を一心に背負って来た兄だったが、病が元であっさりとこの世を
去ってしまう。死の間際、兄は実之に「三年坂で転んでね」という謎の言葉を残していた。
兄の死を不審に思った実之は、一高受験を目指し予備校に通うことを理由に上京する。
実之は予備校に通いながら、東京にある『三年坂』を探し歩き、兄の死の真相を探り
始める――第52回江戸川乱歩賞受賞作。


先日読んだ「レイニー・パークの音」に出て来た鍍金氏が出てくる作品と知り、早速読んで
みました。早瀬さんの作品は2作目→3作目→1作目と私にしてはものすごく変則な順番
で読んでます^^;ただ、どの作品にも共通して言えることは、着眼点が面白いということ。
普通の人が考えつかないような題材を持ってくるところに、この人の非凡さがあると思う。
本書も、社会情勢が不穏な明治の世に横行する放火と東京にある『三年坂』を上手く絡ませて
なかなか読ませる構成になってます。主人公実之が東京に七つあるという『三年坂』を
探すくだりはなかなか面白かった。ただ、その坂を探す部分がやや単調で、同じ様な行動が
繰り返されて、退屈に感じることも多かったのが残念。あと、全体的に少しごちゃごちゃし過ぎて
わかりにくい印象も受けました。投稿作ということで、いろいろな要素を盛り込もうとして
気負いすぎてしまったかな、という感じ。そういう意味では新作の「レイニー・パーク~」
ではかなり改善されて、すっきり読ませるようになったように思いました。
ただ、先にも述べたように、着眼点が非常に面白いので、ちょっと他に読んだことがない
ような小説を読んだという気になる。結末がどうなるのかが気になって結局最後まで
読ませてしまう。それは先に読んでいた二作でも感じていたことなので、デビュー作から
その才能の片鱗はあったんだな、と嬉しくなりました。多分この『可能性』を感じて受賞
に至ったんだろうなぁと感じさせる作品でした。

東京を火の海にするという犯人の夢想は普通に考えるととんでもない大犯罪です。でも、
犯人が東京を焼き尽くした後で真にやりたい目的を考えると、この時代に生きた人間が誰でもが
夢見る未来へのロマンを自分なりに実現させようとしただけなんだろうな、と思いました。いや、
もちろんやり方間違ってますけどね^^;この動機は、この時代ならではでしょうね。
ちょっとだけ犯人と公園造成を夢見た「レイニー・パーク~」の澤田が重なって見えました。

鍍金氏は、「レイニー・パーク~」から入った身としては、キャラの違いに少し戸惑い
ました。こっちを先に読んでいたら、「レイニー・パーク~」読んだ時に同じ人物だと
なかなか気付けなかったかも。「レイニー・パーク~」は十年前の事件を扱っているから、
時系列としてはこちらの方が後になる筈なので、読んだ順番としては良かったのかもしれません。

明治の不穏な社会情勢と東京に纏わる伝奇的な伝承を上手くからめていて、独特な雰囲気の
あるミステリーでした。かつての探偵小説の回顧的な作風はかなり私好み。
装丁も題字のレタリングも非常に凝っていてレトロな雰囲気がいい。
鍍金シリーズはまた是非続きを書いて欲しいと思います。