ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

三浦しをん/「風が強く吹いている」/新潮社刊

三浦しをんさんの「風が強く吹いている」。

季節は春。もうすぐ四月になろうとするある寒い夜、寛成大学4年の清瀬灰二は銭湯からの帰りがけ、
コンビニで万引きし逃走した青年の走りに目を奪われる。彼の走りは清瀬が追い求めていたもの
だった。清瀬は青年を追い、彼が寛成大学の新一年生だと知ると、自らの住むアパート<竹青荘>
に住むことを勧める。アパートの住人は全て寛成大生で、個性的な面々だった。ある日、住人全員を
集めた場で、清瀬はとんでもないことを言い出す。アパートの住人10人で、来年度の箱根駅伝
を目指そうと言うのだ――「俺たちで頂点を目指そう」。真の「強さ」を求めて、彼らは走る。
走ることによってしかたどりつけない遠くて美しい、まだ見ぬ高みへと近づくために――。


以前から積読状態でほっぽってあった本書。読もう読もうと思いつつ図書館本に追われて
なかなか手が出せずにいましたが、ようやく手に取りました。傑作であることは間違い
ないとは思っていましたが、噂に違わぬ面白さでした。先が気になってページをめくる
手が止められなかったです。選手たちが前へ前へと走るのと同じように、私も次へ次へ
とページをめくっていました。

おそらく、これは夢物語です。現実の箱根駅伝で、無名の大学、しかも陸上経験のない
者ばかりが集まって出来た即席のチームが箱根駅伝の予選を突破できるなんていうことは
到底有り得ることではない筈です。駅伝の名門校でさえ、一度シード落ちしたらまた予選で
過酷に戦い、敗れることがある。そんな中で予選に出場することさえ無謀な試みだと思う。
でも、夢物語だって構わない。そんな夢を「現実」に変えてくれる。寄せ集めの10人だけど、
彼らはそれぞれに自分の限界と頂点を目指して必死に戦っている。きっと彼らならば何かを
成し遂げてくれる、そう思わせてくれるものがありました。だから、彼らの「奇跡」が
リアリティがないなんて思わなかった。それが「必然」だと思える力が、彼らに備わって
行く様子がとてもリアルに描かれていたから。

走るというのは個人の競技です。でも、駅伝は一人で走って、それを次の人に繋がなければ
いけない、いわば団体競技です。選手は、自分の為だけでなく、仲間の為に、襷を繋ぐ。
寛成大の選手たちは誰一人として自分勝手な行動を取ったりしなかった。みんなでゴールを
目指すということの清清しさ、美しさ。熱があっても、足が壊れても、棄権なんて考えもしないで
ただ前だけを見て走る。こんな経験はなかなか出来ることではないと思います。私は彼らが
とても羨ましかったです。無心になって、誰かの為にただ走る。そういう経験が出来たことは
彼らにとって一生の宝になるだろうし、彼らの間にかけがいのない『友情』が存在したから
こそできたことだと思う。襷を繋ぐことは、思いを繋ぐこと。彼らの思いは繋がって頂点に
達したと思う。彼らと供に走り抜けた読後は、爽快感でいっぱいでした。

竹青荘のメンバーも個性的なキャラばかりでよかったです。中でもやっぱり灰二と走の関係は
とても好き。箱根のシーンでは、走が走るシーンの臨場感が素晴らしかった。しなやかな獣
のように走る彼の姿を見てみたいと思いました。きっととても美しいんだろうな。長距離
ランナーへの最大の褒め言葉が「速い」ではなく「強い」というのはなんだか頷けました。
強く、強く、風を切って走る。だからこそ彼らは美しいのだと思う。


箱根駅伝は毎年必ず気にしてみます。全部はもちろん見れませんが。実は私の母校は箱根の
伝統校。シード圏内には大抵入ります。私が在学中に優勝したことがあって、あの時は本当に
嬉しかったな。ただ、ここ数年はぱっとしない順位で、今年なんかはシードさえ危うい位置に
いましたが。母校と思うとついつい応援してしまうんですよね^^;学生たちが襷を繋ぐ為に
必死で頑張る姿を見ていると、私も一年頑張ろうと思えるんですよね。来年の箱根駅伝は、多分
本書のことを思い出しながら見てしまうだろうな。


本当にストレートな青春物語。たまにはこんな直球の清清しさに触れるのもいいですね。
なんだか私も走りだしたくなりました(走らないけど!)。
来年の箱根までに読めて良かった良かった^^
私がいまさら言うのもなんだけど、万人にお薦めできる素晴らしい青春小説でした。