ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

柴田よしき/「小袖日記」/文藝春秋刊

柴田よしきさんの「小袖日記」。

不倫相手に突然別れを告げられ、自暴自棄になって夜の公園に彷徨い込んだあたし。死のうと
いろんな方法を考えたけど、ばからしくなって気を持ち直したところで、突然頭上で何かが
パシッっと鳴った。その直後、あたしの意識は暗闇の中へ・・・。ふと気がつくと、なぜか
平安時代にタイムスリップしていて、小袖という十七歳の女官の身体の中にいた。しかも
小袖はあの源氏物語の作者である中宮彰子の教育係・香子様(=紫式部!)に使えていたのだ。
しかも小袖は源氏物語のネタ提供者として宮中のゴシップのネタ集めをしていたらしい。
あたしは小袖としてその仕事を引き継ぐことに――。


なんとも風変わりな設定。主人公が雷に打たれて平安時代へタイムスリップしてしまうという
くだりはありきたりなのだけれど、そこからの展開がちょっと変わっている。まず、タイム
スリップする平安時代が、純粋な過去の平安時代ではなく、パラレルワールド平安時代
だということ。その理由は、微妙に重力が軽いことと、少し史実と事実が違っているから。
パラレルワールドという設定はいまひとつ生かされていないよう思う。多分細かい
齟齬が出るとその辺を突っ込む読者がいるから、わざわざこういう設定を持って来たのだと
は思うのですが^^;まぁ、便利な設定ではあるかもしれない。
それに、タイムスリップした身体の主が紫式部の「源氏物語」の元ネタを提供する片腕
だったというのがまた面白い。あの物語が事実を元に書かれていて、そのネタを探しに
奔走していた女性がいたという。小袖が宮中のゴシップを求めて歩き回る様は、まさに
平安の雑誌記者のよう。こちらの設定は巧く物語に生かされているように思いました。

実際に書かれた源氏物語の背景にはこういう事実があったのかな、と思うとなかなか
面白い(いやもちろんフィクションだと思うけど)。ただ、私は源氏物語は高校の古典で
「若紫」の辺りを学んだのと、昔にアニメで見たくらいの知識しかないので(なぜか
光源氏がピアスをしているという不思議な映画だった)、細かい内容は比較できないのですが。
あさきゆめみしも読んでないしな~^^;源氏物語に精通している人ならより楽しめる
作品かもしれません。
ただ、読んでなくても十分面白かった。主人公のキャラがなかなか秀逸で、あっさり
平安時代に順応して小袖としてきびきび動く姿が小気味良かったです。連作短編になって
いるので読みやすいし、平安時代の男女の立場の違いから生まれる悲劇に謎解きを上手く
取り入れていて、なかなか巧いな、と思いました。謎解き自体はミステリと云えるところ
までいかないようなものばかりでしたが^^;小袖が使える香子(紫式部)の人物造詣も
優しく聡明なのにあっけらかんとした女傑といった性格でよかったです。

ラストはお約束の展開だったけれど、まぁ、こうする以外にないだろうな。洋子の登場
には面くらいましたけど。さすがにそれはご都合主義すぎなのでは、と思わないでもない。
そして、一番気になったのは洋子と元の小袖はどうなったのかということ。できればそこまで
書いて欲しかったなぁ。それとも、わざわざ述懐するまでもなく、元のサヤに収まったと
いうことなのかな。「あたし」が前向きになれたので十分読後は爽やかでしたが。

あの源氏物語にはこんな裏話があったかも!?
もう一つの源氏物語を読んだ気分になりました。
気軽に楽しめる一冊です。