ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

有栖川有栖/「女王国の城」/東京創元社刊

有栖川有栖さんの「女王国の城」。

大学に姿を見せなくなった江神二郎の痕跡を追って、木曾山中の神倉にやって来た英都大学
推理小説研究会のメンバーたち。そこは潤沢な資金で急成長を遂げる新興宗教の総本山
であった。「城」と呼ばれる総本部に江神は滞在しているらしいことはわかったものの、
なぜか本人と会わせてもらえない。江神は瞑想中で数日間は誰とも接触できないというのだ。
会員たちの説明はどうにも胡散臭い。そこで自分たちが来たことを伝えるメモを渡してもらう
ことに。夕方江神からの返事を受け取った面々は、そこに隠された‘SOS’のメッセージを
読み取る。再び「城」に赴いた面々は、思いがけなく殺人事件に遭遇してしまう。そして、
今度は「この殺人事件の謎が解かれるまで帰さない」と「城」に閉じ込められてしまう。
外界から遮断された空間で、メンバーたちは決死の脱出と真相解明を試みるのだが――
江神シリーズ第四弾。


あーあ、読んじゃいました。私の中での今年最大の目玉作品、江神シリーズ第四弾です。
本当に、本当に待たされました。なんといっても、前作「双頭の悪魔」はリアルタイムで
新刊(単行本)を購入して読んだ身。次はいつ江神さんに会えるのかな~と思い続けて早や
十ウン年。毎年毎年このミスの『作者隠し玉』のページをチェックしつつ「来年こそは・・・」
と期待に胸を膨らませては裏切られるの繰り返し。去年読んだ創元推理から出たアンソロジー
「川に死体のある風景」の中に収録された「桜川のオフィーリア」で久々に江神さんと会えた!
と嬉々としていましたが、思えば本書に続く伏線だったのですねぇ。リアルタイムでは
15年以上の時が流れているというのに、本書では「双頭の悪魔」からわずか4ヶ月程しか
時間が流れていません。当然メンバーたちは相変わらず大学生。くそう、私だって「双頭~」
の時は学生だったんだー^^;あの当時は彼らのことがとても身近だったのに、自分だけ
歳をとってしまったのが少し寂しい。

という訳で、時代設定は相変わらずの1990年代後半のバブル期。アリスが「インターネットって
何だ?」と疑問に感じたり、マリアが「個人が携帯できる電話があったらいいのに」と思ったりと、
未来の状況を予感させつつ過去にはそれが当たり前でなかったというような表記がちょこちょこ
出て来て、あの時代の日本をよく表しています。ただ、後半の江神さんの謎解き部分の中に
「DNA鑑定」という言葉があったのには首をかしげてしまいましたが。あの当時でもDNA鑑定って
一般的に知られた言葉だったのでしょうか?推理小説の中では1990年代でも登場していた
のかな?私は最近の技術なんだとばかり思っていたのでちょっと違和感を覚えてしまいました。
まぁ江神さんは物知りだからこういう専門用語も知っていたのかもしれませんが。

正直、ところどころに挟まれる宗教とか宇宙とかUFOだとかの薀蓄には退屈を感じる部分が多く、
中盤まではやや冗長に思えました。一気読みするのが勿体ないと思っていたのもあるのですが、
いつもよりも時間がかかったのはその辺の理由も大きい。ただ、終盤の謎解き部分のロジックの
美しさはさすがだと思いました。丁寧に一つづつ解き明かされて行く江神さんの説明にうっとり。
特に凶器の拳銃がどうやって「城」の中に持ち込まれたのか?という謎については、やられた!
の一言。確かに、それしか考えられない。全然思い浮かばなかったけど。だいたい、せっかく
「読者への挑戦」がはさまれていたって、推理できた試しがないんですから(いばれない)^^;
過去の事件の密室の謎についてはややこじつけっぽい気がしないでもなかったですが、晃子
さんの悲恋の謎も火の魂の謎も火事騒ぎの謎も全てが繋がっていて、きちんと説明をつけて
もらえたのですっきりしました。学生アリスシリーズならではの丁寧かつ緻密なロジックに
有栖川さんの本格魂を見た思いでした。
そして、最後の最後に明かされる何故協会側がアリスたちを閉じ込めたのか、という謎にも
びっくり。ある人物が出てこないことはずっと気になっていたのですが、なるほどこういう
ことだったのか。協会の人間たちが執拗に警察の介入を拒んだ訳が納得できました。犯人が
この時期に殺人を実行した理由も。巧い。

実は江神さんがなかなか出て来なくて、出て来たと思ったら少し以前と性格が違うような気がした
ので、もしかして怪しげなUFO教に洗脳されてしまったんでは・・・と心配したのですが、
杞憂でした。彼が神倉へ向かった本当の目的が果たされたことは、次回作への伏線なのかな。
長編は次で完結のようですから。寂しいけれど、今度はここまで待たさないで欲しいです。
江神さんの母の予言が当たってしまうことだけはないと思いたい。実の息子にあんなことを
言うなんて・・・。母親の言葉の呪縛から江神さんが解放されることをただただ願うのみです。

今回少しだけアリスとマリアの距離が縮まったのが嬉しい。アリスとマリアの‘寂しさ’に
ついての会話が印象的でした。アリスはいつも寂しい。少し感傷的なアリスの性格ならでは
の考え方だな、と思いました。合間に挟まれる、彼らの内面描写も有栖川さんならでは。
単なるトリック重視の作品に留まらないところが氏の作品の素敵な所だと思います。
このシリーズは本格ならではのトリックやロジックが味わえると同時に、学生たちの青春小説
でもあるんですよね。最後の二人の会話がいい。これによって読後がとっても爽やかでした。


正直にいって、私はこの作品が本当の意味で傑作かどうか判断することができません。だって、
学生アリスシリーズだってだけで、江神さんに会えるだけで、私には傑作になってしまうから。
私にとって、このシリーズは特別。私がこうしてミステリ読みになったのは学生時代に
ふと書店で平積みになっていた「月光ゲーム」を手に取ったことがきっかけですから。
すべての原点ともいえるシリーズに、正当な評価なんて無理です。だから、是非ご自分で
読んで評価して欲しいです。少なくとも、素晴らしい本格のロジックを楽しめる作品であること
は保証します。書き残したことがいっぱいある気がするけど、まぁいいか。私がこの作品に
込める熱い思いを少しでも感じ取って頂ければ幸いです。

あ~あ、次はいつ読めるんだろ。こんなに待たせないでよね、有栖川さん。