ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

上橋菜穂子/「狐笛のかなた」/理論社刊

上橋菜穂子さんの「狐笛のかなた」。

夜名ノ里のはずれに住む小夜は、人の思いが聞こえる‘聞き耳’の能力を持つ少女。幼い日、
小夜が救った子狐は、‘あわい’に生まれ怖ろしい呪者の使い魔としての宿命を背負った霊狐
だった。数年後再開した二つのたましいは、残酷な運命に翻弄されながらも強く引かれ合う。
隣り合う二つの国の争いに巻き込まれた彼らの運命は――。


お気に入り登録させて頂いている『月読通信』のアニスさんが絶賛されていた本書。上橋さんの名前も
以前からあちらこちらで見かけて気になっていたところだったので、図書館の児童書コーナー
(最近注目してます)で見かけたので手に取ってみました。

児童書コーナーにありましたが、十分大人でも楽しめるファンタジー。というよりも、むしろ
子どもにはちょっと内容的に難しい気もします。有路ノ一族と湯来ノ一族の間の争いの辺りとか、
私でもちょっと混乱した位ですから(私の理解力のなさのせいとも言いますが^^;)。
人物関係を把握するのにちょっと手間取ってしまった。ただ、日本昔話のような世界観が何とも
郷愁を誘うし、何より小夜と野火の切ない恋模様にやられました。実は途中まで森陰屋敷に
閉じ込められた小春丸と恋仲になるのだろうと思い込んでいたので、ああいう展開になるとは
思いませんでしたが^^;
小春丸はあんまり不幸な境遇で読んでいて可哀想になりました。基本的には良い少年なのに、
国同士の争いの為に一人ぽっちで幽閉された上、解放されたと思ったら呪いをかけられ自分を
見失ってしまうし。父親に愛されていることだけが救いですね。

個人的には野火のキャラがツボ。なんとも素敵な少年だ。子狐の頃から助けてもらった記憶
だけをよりどころに、陰から小夜を見守るいじらしさ。主人に逆らい、自らの命を捨ててまで
愛する少女を守ろうとする純粋な魂。彼の言動はとても痛々しくて、胸が切なくなりました。
しなやかに野を駆ける狐の姿も良かったな~。小夜とのシーンはドキドキしっぱなし。彼の
いじましさに、ついつい彼を応援してました。頑張れ、野火!負けるな野火!てな具合に(笑)。





※以下、ラストに触れています。未読の方はご注意ください。








ラストは単純にハッピーエンドといえるのかはわかりません。それでも、惹かれ合う二つの
魂がずっと一緒にいられることは何より幸せなことなのだと思う。人として生きることより
も、二人が一緒にいられることを選んだ小夜。もともと孤独の中で暮らして来た小夜に
とっては、ずっとずっと生きている実感が湧いているのではないでしょうか。大朗や鈴や
小春丸にとっては寂しいことではあるけれど、ラストシーンの桜が舞い散る中で、優しい幸せに
包まれた二人の情景が心に浮かんで、心が温かくなりました。とても美しいラストシーンが
印象的でした。



装丁もとてもいい。アニスさんが紹介されていたのは文庫ですが、私が読んだのは単行本。
タイトル文字も凝っていて好きですね。
文章も装飾過多でなく、嫌味のない位に整っていて読みやすい。他の作品も読んでみたく
なりました。
人と獣を結ぶ、魂を揺さぶられるような切ない恋愛譚です。
とても素敵な物語に出会えました。アニスさん、ありがとうございました。