ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

池井戸潤/「シャイロックの子供たち」/文藝春秋刊

池井戸潤さんの「シャイロックの子供たち」。

大田区にある東京第一銀行長原支店。出世の為、家族の為に行員たちは奮闘していた。そんな
ある日、現金100万円が紛失する事件が起きる。犯人がわからないまま、事件は内密に処理
された。しかし、一人の行員が犯人に肉薄し、突然姿を消した――銀行内部で起きる事件と
人間模様を描く連作ミステリー。


beckさんお薦めの本書。以前から読もう読もうと思っていた所に、紅子さんの好感触レビュー
を読んで、そそくさと借りてきました(笑)。

うん、面白かった!いきなり第一章で良くも悪くも‘銀行’という歯車のひとつとして
出世欲まるだしで働く古川を主役に据えたところが巧い。どちらかというと行内では『悪役』に
当たる人間で、正直古川の言動には好感が持てない。でもそんな人間でも家に帰れば家族が
いるし、過去の母親とのエピソードなど描くことで、完全な『悪役』という印象をなくしている。
その辺りの人間描写が非常に巧いな、と思いました。あくまで、彼は銀行という組織の中で
培われていった哀れな歯車のひとつ。サラリーマンの出世街道の厳しさが伺い知れました。
だからといって、古川の言動にはちっとも共感できませんでしたけどね^^;こんな上司は
絶対持ちたくないです・・・。

前半は一章ごとに主役が変わって、それぞれの立場から見た銀行内部の様子に興味津々で
読み進めていったのだけど、西木の失踪の辺りから急にサスペンス調になってびっくり。
愛理の章で、100万円紛失の犯人にされそうになった愛理を庇う西木がとても格好良かった
ので、真相に迫った西木が姿を消したのは残念でした。彼の安否に関しては最後の最後まで
わからないので、どうなるんだろうとドキドキ。そして、最後に明かされる彼の裏の姿には
驚かされました。この終わり方は消化不良とも云えるけど、はっきり結末を知るよりも救い
があって私としては良かったです。

それぞれ別々の主人公で別々の話なのに、きちんと最後で全てが意味を成してくるという構成
は見事。どの人物の内面描写も巧みで、同じ銀行支店内でもいろんな立場の人間がいて、
それぞれの視点に立って読むことができました。銀行内部の人間関係の描写ももちろんリアル。
でも、単なる金融小説ではなく、きちんと人間が描かれた上で、ミステリーとしても成立して
いる所がすごい。100万円搾取の犯人はあっさりと明かされ拍子抜けした所もありましたが、
最後にもう一ひねりあって読ませてくれたので満足。

途中、「空飛ぶタイヤ」で活躍したはるな銀行の名前が出て来た時はにやりとしました。
池井戸作品にはよく出てくる銀行名なんでしょうか?本書ではあまりいい印象の銀行
として出て来なかったけど^^;

銀行のような、現金をたくさん扱う職場というのは、やっぱりいろんな犯罪が絡んで来るもの
なんでしょうね。私の中では「高級取りのエリート」という印象が強いのですが、内部の
ヒエラルキーにはなかなかシビアなものがありそうです。お金いっぱいもらえて羨ましい
なぁなんて呑気に考えていたけど、働く側にはいろんなことがあるんですね。それはどんな
職場だって同じなのだけれど。金融業界内部の事情を、堅苦しくなく、わかりやすく
描かれていて読みやすかったです。

ちなみに、タイトルの「シャイロック」の意味が最後までわからなかったのですが、ネット
検索してたら、「ヴェニスの商人」に出て来るユダヤの金貸しの‘シャイロック’から来ている
のだろう、というコメントが。へぇ~~、でした(無知)。


やはりこの作者、只者ではありませんね。次はどれを読もうかなぁ。