ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

伊坂幸太郎/「ゴールデンスランバー」/新潮社刊

伊坂幸太郎さんの「ゴールデンスランバー」。

仙台で、凱旋パレードの最中に新首相がラジコンヘリの爆発によって暗殺された。翌日、
一人の男が容疑者として警察から緊急発表された。青柳雅春というその男は、二年前に
アイドル歌手を強盗事件から救って英雄視された人物だった。青柳は首相暗殺後いくつかの
事件を起こして逃亡中だという。青柳と学生時代に交際していた主婦の樋口晴子は、容疑者像
としてメディアで語られる男と自分の知っている青柳とが重ならず違和感を覚える。果たして、
事件の真相はどこにあるのか――書き下ろし傑作長編大作。


伊坂さん最新刊。まさかリクエストして一週間で回ってくるとは思わなかったのでびっくり。
読むべき本は他にたくさんあったのですが、我慢できずに全てをほっぽって読み始めて
しまいました。原稿用紙二千枚、500ページの大作です。でも、読み始めたら知らず知らず
のめり込んであっという間でした。伊坂さんの作家としての技巧が全て盛り込まれた力作。
構成が絶妙。
第二部までは起きた事件を客観的に述べ、犯人と目される青柳がいかにも凶悪犯罪人で
あるかのように思わせておく。続く第三部で二十年後の関係者たちのその後を淡々と述べつつ、
青柳本人に関してはぼかした書き方をしておいて、読者の想像力を掻き立てておく。
そして、語られる第四部。事件の裏で起きた出来事が一つづつ明らかにされるにつれて、
青柳という青年自身の人物像も明らかにされていく。読者は青柳に共感を覚えると供に、
彼が巻き込まれた陰謀の大きさに唖然とします。そして、国家権力やメディアや見えない力の
怖さを思い知る。そうした大きな‘力’の前では、どんな善良な一市民も太刀打ちできない。
その理不尽さを知れば知る程、その‘力’に必死で抗い逃亡を続ける青柳に肩入れし、応援
している自分がいました。多分、読む読者のほとんどが同じように青柳に共感しながら
読んで行くのではないかな。彼の人物像にはそうしたくなる魅力が溢れているから。

張り巡らされた細かい伏線が後々生かされて行くところも相変わらず巧いなぁと唸らされ
ました。これだけ長い作品でも、無駄だと思う文章がほとんどない。きちんと一文一文に
意味があって、ラストに繋がる伏線になって行く。会話がまたニクイと思う位洒落ている。
所々に挟まれるカットバックの入れ方も絶妙で、学生時代の呑気さと今現在彼が置かれて
いる逃亡生活とのギャップのつけ方が非常に巧い。学生時代の回想シーンはどれも胸が
切なくなりました。
これは、もう今までの伊坂作品の集大成と言っても過言ではない位伊坂さんの技巧の妙が
凝縮されていると思う。文句ない傑作と言っていいと思います。

個々のキャラクターもいい。青柳のどこまで行ってもお人好しなキャラには要所要所で
泣かされそうになりました。学生時代の友人森田森吾やカズ、恋人だった樋口晴子にその娘の
七美、花火工場の轟社長、宅配ドライバー仲間だった岩崎、両足骨折と嘯く保土ヶ谷
どの人物も青柳の為に尽力し、彼に逃げ切って欲しいと願う。警察権力に屈した人物もいた
けれど、みんな心の中では青柳を裏切った訳ではなかったから、嫌悪など微塵も感じない。

でも一番特筆すべきはやっぱり青柳の父親ですね。最高です。メディアに向かって言い放った
息子についての啖呵がかっこいい。青柳や児島と一緒に泣きそうになりました。これは「重力
ピエロ」の兄弟の父親に匹敵する父親キャラだと思います。ラストの「痴漢は死ね」の手紙の
シーンにはやられました。ああもう、こういう場面をさらりと書いちゃうからすごいんだよ、
伊坂さんは。






以下ネタバレ注意です。未読の方はご注意下さい。









結局、青柳がどんな陰謀に巻き込まれたのかは明かされていません。国家権力だったのか
何かの秘密組織だったのか。警察が加担しているのは間違いのない所だと思うけれど。
きっと一般市民にはわからないとてつもない大きな何かだったんだと思う。そんなものに
巻き込まれてしまった青柳はもう気の毒としか言い様がありませんが、彼は彼でそれを
乗り越えて、そして『生きている』、ただそのことが何より嬉しく、読後は爽快な気持ちに
なりました。
ただ、顔が変わっちゃったのは悲しかったけど・・・何一つ悪いことしてないのになぁ。







長さなんて全く感じなかったです。文句なく面白かった!!
多くの人にお薦めしたい傑作だと思います。
今年のミステリランキング、実は自分の中ではほぼ決定していたのですが、
ちょっと考え直さないといけないかな。だって今年中に読んじゃったからね。
ああ、困ったなぁ。