ミステリ読書録

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桜庭一樹/「荒野」/文藝春秋刊

桜庭一樹さんの「荒野」。

鎌倉で恋愛小説家の父親と家政婦の奈々子さんと暮らす山野内荒野。中学の入学式の日、北鎌倉駅
から鎌倉までの電車に乗り込むと、閉まる電車のドアに制服をはさまれてしまった。身体を動かし
てもどうにもならず、事態は更に悪化して恥ずかしい思いでいると、文庫本を読んでいた少年に
助けられる。その場ではお礼も言えずに立ち去られてしまった荒野だったが、新しいクラスで
その少年を見つける。しかし、担任が読み上げる荒野の名前を聞いた途端、少年はなぜか冷たい
目で荒野を睨む。少年の名は神無月悠也。これが荒野の恋の始まりだった(第一部)。少女から
大人へ――移ろいやすい少女の恋と青春をみずみずしく描いた傑作長編。


ラノベレーベルのファミ通文庫で出版されていた『荒野の恋』第一部と第二部を加筆修正し、
出版予定であった第三部を書き下ろして一冊にまとめた作品。私は第一部を読んだだけで、
第二部を古本屋で捜しているところだったので、単行本化されて纏めて読めるというのは
とてもラッキーだと思いました。第一部は中学一年という身体も心も子供から大人へ成熟する
一歩手前の境界の時期で、まだまだ子供の心でいながら、それに反して成長して行く身体の
変化について行けずに戸惑う少女の内面が非常に丁寧に描かれています。荒野の未成熟な
初々しさの中に密やかに入り込む『おんな』の部分。どこか生々しくねっとりとした性を
感じさせる描写に、きれいなだけじゃない淫靡な恋の何かが隠されている感じがして、
桜庭さんらしくて良いな、と続きを読むのを楽しみにしていたのですが。

・・・うーん、あれ。第二部以降、そのねっとり感が影を潜めてしまい、『普通』の青春小説になって
しまった感じ。登場人物の細やかな心の動きは相変わらず巧いのだけど、もっと劇的なドラマが
待ち受けているのかと思っていただけに拍子抜け。二部は特に悠也が留学してしまって手紙でしか
出て来ないのだから『恋』が進展しないのは仕方ないとしても、阿木君とのエピソードにしても
読んでいてもいまひとつ心に響くものがない。その上、義母の容子さんとの関係ももっとどろどろ
してくるのかと思ったら意外に良好な親子関係になっちゃうし。もっと荒野は彼女に対して警戒心
が強くて微妙な態度で接して行くのかと思っていたのですが・・・。
まぁ、容子さんのキャラがつよく『女』である割に、荒野を気に入っている『母親』の部分も
もっているから、どろどろになりようがないのかもしれませんが・・・。それに、江里華に関して
も同様。荒野に対して衝撃の告白をした割に、その後は普通の友人関係を続けて挙句にその結末!?
とツッコミを入れたくなりました^^;まぁ、彼女の中ではいろんな葛藤があったとは思うのですが、
その辺りは全て端折られてしまったのは残念。せっかくこういう設定を作ったのだから、ここも
もっと桜庭さんらしい絡みつくような感情の動きを描いて欲しかったです。悠也が戻って来る
第三部も、もうちょっと劇的な何かが欲しかった。悠也とは健全な男女交際になっちゃってるし。
私の中ではもっと二人は微妙な関係が続いていくのかと思っていたのですが。荒野の接触恐怖症も
あっさり治りすぎだし。何か、本当に「普通」の恋愛小説に留まってしまった感じが桜庭さん
らしくない。文庫タイトルが『荒野の恋』なのに、もし三巻がこの内容で出てたらもっと不満を
感じていたかもしれない。
もちろん、文章力は素晴らしいものがあるし、思春期の少女の危うい内面の描き方はさすがだと
思います。桜庭さんでなければ、充分読み応えがあって面白い青春小説だったと評価していると思う。
でも、桜庭さんにはもっと違う普通の青春小説を超える何かを期待してしまうのです。第一部が
私は一番桜庭さんらしくて好きです。この流れで最後まで書き切って欲しかった・・・。

それにしても、荒野父を含めて彼の周りの大人たちには好感の持てる人間がほとんどいなかった。
女性たちはもちろん、編集長や水玉ネクタイの男も。出版社の編集者ってこんな人間ばかりなのか?
と疑いたくなりますよ^^;作家の家に来てご飯をねだったり、荒野に自分たちが飲み喰いする
コップやお皿を出させたりと、かなりずうずうしい。何様だ^^;
容子さんも編集の女も、彼を愛する女たちはどこか狡猾で自己中心的で好きじゃない。私には
彼の魅力がちっともわからないけど、彼から発せられる蜻蛉のようなあやふやさや危うさに引き
寄せられてしまう女性がいるのはわかる。私ならこんな気分屋で自分のことしか見えてない男は
絶対嫌だけど。容子さんも苦労するよね。
中性的な奈々子さんも本当はおんなそのものだった訳だけれど、からりとした性格は好きだった
ので、二部以降でもどこかで出て来て欲しかったです。何かそのまま忘れ去られてしまった感じが
寂しい。荒野だけは時々思い返してあげていたのでまだ良かったですが。

面白いことは面白かったのだけど、もう一歩踏み込んで書いて欲しかったというのが正直な感想
です。桜庭さんに要求するレベルが高くなっちゃってるのがいけないのかもしれないぁ。
まぁ、ラノベで出版されたということを考えると、充分ラノベレベルは超えている作品だと
思いますけどね。文庫のタイトルを考えると、もっと荒野の『恋』に焦点を当てて書くべき
だったのでは、と思いました。