ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

大崎梢/「平台がおまちかね」/東京創元社刊

大崎梢さんの「平台がおまちかね」。

社員数約40名の老舗出版社、明林書房の新人営業マン・井辻智紀。勤めて四ヶ月が経ったが、
営業先を回るたびに、異動した営業部のエース・吉野と比べられ落ち込む日々。そんなある日、
井辻が回ったことのない書店で明林書房の一冊の文庫がやたらに売れているお店があることに
気付く。嬉しくなった井辻は早速挨拶に行くが、なぜか店長からは冷たくあしらわれて・・・
(「平台がおまちかね」)。本を愛する営業マン・井辻君が活躍するハートフルミステリー。
創元クライムクラブ。


大崎さん新刊です。「配達あかずきん」の成風堂シリーズは書店員が主人公ですが、今回の
井辻君は出版社に勤める営業マン。舞台が書店なのは変わらないので、内容的には姉妹編
みたいな感じ。ラストでちょこっと成風堂とのリンクも出てきますしね。駆け出しの井辻君が
異動した先輩との力量不足にへこみながらも前向きに奮闘する姿がなかなか爽やかに描かれて
いて良かったです。成風堂シリーズ同様、書店で起こるミステリなので派手さはなく、ミステリ
としてもゆるいですが、書店や出版社の内情を知れるという意味ではとても興味深く読めました。
特に、書店の平台が出版社にとってどれだけ嬉しいことなのかというのは考えたこともなかった
ので、平台に対する認識が少し変わりました。出版社も自分の本を置いてもらうのに大変なんだ
なぁ。普通は出版社に入ったら編集を希望する人が多いと思うのですが、井辻君はある理由から
編集に行くことを拒みます。それは井辻君のある性癖(?)が関わっているのですが、これが
結構変わってて面白い。本にかける情熱という意味ではすごいものがあるけれど。これだけ
愛情を注いでもらえたら本も幸せですよねぇ。

「マドンナの笑顔を守る会」のメンバーたちもなかなかキャラが濃くて良かったです。出版社の
営業同士ってこんな横のつながりがあるものなんでしょうか(いや、マドンナ云々はないと思い
ますけど^^;)。特に井辻君を毎回「ひつじくん」と呼んで可愛がっている(=おちょくって
いる)真柴のキャラがいいですね。何でも女性関係に結びつけちゃうとこはどうなのよ、と
思いますけど(苦笑)。でももっと面白いのは、毎回「ひつじくん」と呼ばれてその都度「井辻
です」といちいち訂正する井辻くんです。もう自分のニックネームとして諦めればいいのに(笑)。
そこは譲れないんだなぁと可笑しくなりました。井辻くん、結構こだわりの男です(笑)。

好きだったのは「贈呈式で会いましょう」かな。作家の津波沢が渋くていい味出してます。
賞を受賞した新人作家・塩原の贈呈式のスピーチも良かったです。
でも、ラストの「ときめきのポップスター」の本の暗号はちょっと作り過ぎてて普通の人は
気付けないよなぁと首をかしげました。あんな地味だけど凝った暗号、かなりの偶然が重なら
ないと、今回の井辻くんみたいには気付けないと思う。それに本のタイトルでああいう暗号が
作れる確率ってどれくらいなんだ?ちょっとご都合主義すぎて感心できなかったです。
まぁ、この暗号の仕掛け人の正体を知って、その人なら思いつくことは出来そうだな、とは
思いましたが。でも、例え作れたとしてもそれを確実に受け取ってくれる人がいないと意味ないと
思うんですけど。結局本当に伝えたかった人には伝わってないですしね。
でも、ポップコンテストの本に「ななつのこ」や「サンタクロースのせいにしよう」が入って
いたのは嬉しかったです。他の未読作品も読んでみたくなりましたね。書店のポップって実は
そんなに気にしたことがなかったのですが、書店員さんが本当にその本を売りたい!という気持ち
から心を込めて書いているんですよね。今度からもうちょっと注目して見てみよう。

今回も元書店員の作者ならではの爽やかミステリでした。本に関するミステリは読んでて
やっぱり楽しい。これもシリーズ化しそうなので、続きを楽しみに待ちたいです。
もしかしたら、今後は成風堂のあの人と井辻くんのニアミスがあったりして。
新米営業マン、ひつじくんの奮闘ぶりをこれからも見守りたいと思います。