ミステリ読書録

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井上夢人/「あわせ鏡に飛び込んで」/講談社文庫刊

井上夢人さんの「あわせ鏡に飛び込んで」。

差し伸べられた手を取ったのは条件反射だった。それが‘彼女’の罠だとも気付かずに――
(「あなたをはなさない」)。ノック二回を二度、合計四回。その音を合図にこの薬を飲む。
それですべてがうまく行く。しかし、この薬は本当に砂糖なのか?妻の声がもうドアのすぐ
そこに――(「ノックを待ちながら」)。死んだ画家が描いたあわせ鏡の絵。画家の死の
真相の答えがそこに――(「あわせ鏡に飛び込んで」)。身体が不自由になった高校教師の
元に、元教え子の夫から奇妙な手紙が届く。最近、弟を事故で亡くしてから妻の様子が
おかしい。自分の夫が弟を殺したのではないかと疑っているのだというのだが――(「書かれ
なかった手紙」)。切れ味鋭い10の短編を収録。文庫オリジナル。


カバー裏のあらすじの、手紙だけで構成されているという『書かれなかった手紙』に興味を
惹かれて手にとってみました。会話だけで構成されていて、とても面白かった『もつれっぱなし
に似た雰囲気なのかな、と思ったので。
10作の短編が収録されていますが、はずれだと思ったものは一つもありませんでした。
短編ながら、どれもひねりが効いていて、ラストにちゃんとオチがある。細部まできっちり
書きこまれていて巧いなぁ、と何度も唸らされてしまった。井上さん個人の作品はこれで
まだ三作目だけど、さすがに実力あるなぁと思わされました。今度は長編も読んでみたいなぁ
(読んだ作品は全部短編(と連作短編))なので。
以前から気になって仕方なかった『オルファクトグラム』にそろそろ挑戦してみるべきか。


以下、各作品の感想。

『あなたをはなさない』
冒頭から強烈なインパクトを残す作品。これ、もう、怖さでいったら一番じゃないかな。この
なんとも云えない不条理な怖さといったら!鳥肌立ちまくりです。京極さんの『厭な小説』の
あの厭な彼女を思い出したよ・・・。ラストの行動がまた・・・うひゃ~~^^;;

『ノックを待ちながら』
これもクライマックスのドアの向こうに妻が迫ってきた時の主人公の心理描写が非常にリアルで
巧い。結末一歩手前で物語が閉じるので、彼がその後どうなったのかは想像するしかありません。
さて、どちらだったんでしょうか。

『サンセット通りの天使』
なんとなく先の展開は読めていたのだけど、やっぱりラストはアマンダの正体に驚かされました。

『空部屋あります』
部屋が意思を持つ・・・これも『厭な小説』に似たようなのあったなぁって思いました。
これからお茶受けで落雁出ても食べないようにしようかな・・・落雁怖いよ~(涙)。

『千載一遇』
話の展開はなんとなく読めちゃったんだけど、オチの怖さは半端ない。あんな虫がうじょうじょ
湧くような閉鎖空間に閉じ込められたら・・・絶対気が狂うって。想像するだけで寒気が・・・
ぞぞぞぞぞ。

『私は死なない』
これも読んでて生理的嫌悪の強い作品でした。そもそも、こんな実験しようとしたこと自体が
狂ってるってば。蠅が○○に卵を産むとか、その辺りの描写にもぞぞぞ。ラストはやっぱり
このシーンで終わるのか、と思いました。

『ジェイとアイとJ1』
まえがきで著者ご本人も言及されてましたが、PCの性能に時代を感じます。これが書かれた当時の
PCの性能を考えると、今のPCの性能なんか夢のようでしょうね。この作品の主人公は失敗した
けれど、同じようなこと研究した技術者たちのおかげで今のPCがあるんでしょうね。今はAI(
人口知能)なんて当たり前の世界ですもんねぇ。主人公が哀れになりました。

『あわせ鏡に飛び込んで』
巷で幻の作品と言われて読めなくなっていた作品だそうです。表題作になるだけあって、
非常に巧い構成で出来がいい。画家が描き遺した絵の中に隠された『証拠』の真相には唸らされ
ました。ラストで明かされる看護師の良子によるある配慮も良かったですね。

『さよならの転送』
これは途中で先が読めてしまいました。死んでしまった秀暁にとっては、自業自得の出来事
だったのかもしれません。

『書かれなかった手紙』
これは一番期待していた作品。そして、期待通りの傑作。手紙だけで構成されていて、一体
どんな風に話が着地するんだろうと思っていたら・・・完全にやられました。それぞれの手紙の
中に散りばめられた伏線には全く気付きませんでした。巧い!の一言。そして、最後まで読んで
タイトルに納得。磯辺先生のキャラがいいですね。安楽椅子探偵としてシリーズ化すればいいのに。




どれも水準以上の出来で、質の高い短編集でした。各作品についている著者による前書きも
嬉しいし、巻末の大沢在昌氏との対談も楽しめました。満足、満足^^