ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

島田荘司/「暗闇坂の人喰いの木」/講談社文庫刊

島田荘司さんの「暗闇坂の人喰いの木」。

1984年、初秋。小説家・石岡の元にファンという女性から『会いたい』という電話があった。
小説家としてはまだ駆け出しで、ファンレターもそれほどもらったことがない時期だった為、一も
二もなく飛びついた石岡は、女性に言われるままに約束を取り付け、会いに行く。しかし、女性の
目的は別のところにあった。そして、彼女はその時7年間も付き合っている男がいたのだが、
その男性からたびたび嘘をつかれて困っていた。そこで、三十路を過ぎ結婚を焦っていた女性は、
その男性との結婚は諦め、近所に住む小説家という男に白羽の矢を立てたのだ。しかし、実際
会った石岡は彼女のお眼鏡にかなわなかったと見え、その後連絡が来ることはなかった。そんな
出来事があった10日後、彼女の口に登っていた嘘つきの恋人が民家の屋根の上で変死体となって
発見された。興味を持った御手洗と石岡は、早速彼女とコンタクトを取り、事件現場へ赴いた。
死体が発見された屋敷は広大な敷地を持つ西洋風の館で、一際人目を引く樹齢二千年の大楠が
鬱蒼と枝を広げていた。この巨木には昔から様々な恐ろしい言い伝えがあるらしい。本格的に
調査を始めた御手洗と石岡の前に、第二の殺人が――すべての元凶はこの楠にあるのか!?
――著者渾身の長編本格ミステリー。


去年はあんなに御手洗ものにはまって読んでいたのに、気がついたら今年は一冊も読んで
いないという体たらく。次に読むのは本書だと去年から決めていて、読もうと思ってすぐ
手に取れる場所に置いてはいたのですが、なかなか図書館本に追われて手が出せずにいました
(分厚いし)。やっと図書館本が一息ついた所で、えいや!とばかりに手を出してみました。

たくさんの人からお薦め頂くと同時にほぼ全員の方が口をそろえて『グロい』と評していたので、
結構構えて読んでいたせいか、それほど凄いとは思わなかったです。確かに冒頭の女児惨殺
シーンや譲の拷問講義、そして終盤の事件の真相で明かされるある場面の描写なんかはグロかった
けれども、具合が悪くなる程ではなかったです。っていうか、これでグロいとか言ってたら
平山さんとか絶対読めないから!(どんな人間だよ、私・・・)

さて、グロ度はそれほどでもないけれども、その代わりにもの凄い強烈な異彩を放っていたのが
本書の真の主役と言っても過言ではない、暗闇坂の大楠の巨木。数々の人間の命を吸って生き
続ける樹齢二千年のこの樹の存在があるだけで、おどろおどろしさが二割三割増し。私にとっては、
この作品はグロいというより怖い、という表現の方がしっくり来る感じがしました。冒頭の女児
の死体がぶら下がった光景、幼い少女が空洞の中に飲み込まれて行く様子、V字になって幹の中
に埋め込まれているかのような第二の殺人の死体の状況・・・どれもが想像すると肌が粟立つ
ような怖さがありました。横溝ばりの舞台設定はまさに私が最も好む本格ミステリ。合間に
挿入される過去のこの樹にまつわる伝説や、前述した譲の中世の拷問話、失われた真鍮の
にわとりのメロディに隠された暗号・・・いくつものがジェットが密に盛り込まれていて、
文庫で670ページの長編にも関わらず、全く冗長さを感じることなく読み終えられました。
特に私が好きだったのは御手洗さんと石岡さんと本書から初登場のレオナさん、三人で旅
したスコットランドの部分。そこだけ切り取っても質の良いロードノベルとして十分楽しむ
ことが出来ました。海外旅行はもちろん、飛行機も女性との旅行も初めての、初めてづくしに
動揺しまくる石岡さんが微笑ましかった。まぁ、彼に関しては、冒頭からいきなりファンだと
名乗る女性にいとも簡単に騙され会いに行ってしまう時点で、かなり心の中でツッコミを入れ
たりしてたのですが(苦笑)。でも、そこが石岡さんの可愛らしいところですね(大の大人に
可愛らしいって表現もどうかと思うけれども^^;)。御手洗さんが面倒を見たくなるのも
肯ける程の単純さというか、お人よしな所が好きだなぁ。ほんとに、憎めないひとです。
彼が出て来るとなんだかほのぼのして嬉しくなってしまう。御手洗さんのことを本当に心配してる
心配性なとこもいいですね。相変わらず二人のコンビの良さには楽しませてもらいました。

さて、トリックに関してはちょっぴり事前情報もあったりして、なんとなくこんな感じだろうな
という予想はついたので、それほど驚きというのはなかったです。島田さんらしい奇想天外な
トンデモトリックですが、こういうのが本格ミステリの醍醐味なんだよなぁと思いながら
読みました。それよりも、動機の面や、ペイン氏の本当の人物像や行動の方が衝撃的でした。
そして、一番驚いたのは、冒頭に出て来た照夫の妹の死の真相だったかも。まさか○が実行犯
だとは・・・!!その後のある人物の行動にも驚きましたが。そして、すべての元凶がそこに
あったのだと気付かされ、戦慄しました。もちろん、暗闇坂の人喰いの木もその最たる原因の一つ
であり、やはりこの樹は何かの意思を持った霊木なんだろうと思わされました。
そして、今回も御手洗さんの事件関係者に配慮した謎解きにしびれました。むふふ。ますます
ミタライアンになりましたわ。

いやー、久しぶりに熱中できる本格ミステリを読んだ感じがしました。最近どうもミステリから
離れてきて、ブログタイトルの変更も考えねばいけないかと思ったりしていましたが、やっぱり
面白いファンタジーや面白いSFよりも、面白いミステリ―に出会えた時が一番嬉しいことに
変わりはありません。きっと最近、こういう読み応えがあって質のいい本格ミステリに出会え
ないからミステリへの熱意が冷めそうになってしまうのよね(いや、断じて冷めてはいないけど!!)

やっぱり御手洗ものはいいなぁ。やっとレオナさんの初登場作品も読めたし、これでようやく
これまた評判の良い『アトポス』に進めます。レオナさんは事件の真相を知る前と後では人が
変わったようにしおらしくなっちゃいましたが、今後はどんなキャラになってるのかな。気になる。
次から図書館本になるし(もう家には蔵書がないので)、もう少しインターバル短くできるかな。